魂の涙〜メメント・モリ〜

7年前から境界性人格障害(ボーダー)、2年半前に鬱が発症、通院を開始。鬱、ボーダー闘病中の七海が辛い失恋を乗越え羽ばたいていくありのままの姿。※重い内容なので連鎖鬱にご注意下さい。

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§ 頭上の星

このブログに書くのは何ヶ月ぶりだろう。

もう開くことも無かったページ…

それは私の魂の涙が流れなくなった証拠。






でも、今日私の魂の涙はもう1度流れた。







嫌なことが立て続けに起こる。
なんで嫌なのか、それも分からない。
回復期を迎えて、前ばっかり向いて歩いてきた。

そんな私には、涙を流している理由も見えない。

ただ、このブログに吐露していた頃の自分と同じ感情が戻って来た。
それを感じてたまらなくなって、またここに吐き出す。

ダイビングに支えられ、自分を取り戻し、暗いトンネルから出たつもりでいた私。新しい彼とも上手く行っていて、もうすぐ職場復帰支援プログラムも始まろうとしている。

ちょっとやそっとのことでは鬱にならなくなった。

凹まないで前向きに捉えられるようになった。

そんな自分を生きるのに精一杯だった。







果たしてどこまでが自分だったのだろう?
回復期にある自分を、演じてきたのだろうか?
本当に私は回復期にあるのだろうか?






1週間前から私の心に暗雲が立ち込めている。
もう昔みたいに一気に鬱にはならない。
でも、言い知れぬ闇が、私を不安定にさせていた。

それに対して「自分の我侭じゃないか」と思ってしまう私。
だから勤めて明るく振舞っていた。
でも、そこには常にわだかまりがある。

言い知れぬ感情と、不安と、孤独感と、惨めさを抱えて、彼に電話をした。彼のこんなに冷たい声を聞いたのは、初めてだった。彼は私の話を聞いていたけれど、納得している様子ではなかった。

ふいに悲しくなった。

ふいにまたあの真っ暗なトンネルで一人ぼっちになってしまったような気になった。

明日が来なければ良いのに。
永遠に眠りから覚めなきゃ良いのに。
私の最後の眠りは一体いつ訪れるの?

辛かった時期、毎日何百回と考えた言葉が、再び私を襲う。

星空が見たかった。ダイビングに行った離島で見た、あの満天の星空。

ベランダをあけると、さすがに冷気が入って来た。
お構い無しに外に出た。
鳥が食べ残したみかんの皮を灰皿代わりにタバコをくゆらせる。



空を見上げた。


東京の明るい空は、午前2時とは思えない明るさで、東の方向に星が2つ。うち1つはもしかしたら電波塔の灯りかも知れない(苦笑)

あの赤い星はなんだろう?

唯一見えている星の名前くらい知りたくて、星座盤を引っ張り出した。…見えている空も「部分」だし、他の星は見えないので、私なんかには何の星かすら分からなかった…。

悲しくなった。

マイスリー10mg飲んだお陰で、意識が朦朧としてきた。
目覚めなくても良いけど、10mgじゃそれはムリね。

2007/03/29/Thu 02:57:27  日々のつぶやき/CM:245/TB:0/

§ 粉雪

雪の街

Photo by (c)Tomo.Yun


このブログに書き込むのはすごく久し振り。久し振り…というのはそれだけ「吐き出し」をしなくても大丈夫だったってこと。それだけ「吐き出すこと」が無かったって証拠。それは良かった…。

父がレミオロメンの粉雪を買って来て、聞いていた。この歌は、忘れもしない。けいちゃんが大好きだった歌。この曲を聞くと、けいちゃんのことが自然と蘇る。もう終わってしまった恋。かなうことのない恋。結ばれることのない二人…。

だけど、心のどこかで今もけいちゃんを愛している自分がいる。

私を引きこもりという闇から救ってくれたのは、けいちゃん一人だから。今の彼には申し訳ないと思うけれど、私の心からけいちゃんは消えない。けいちゃんとは一緒になれることは無いし、けいちゃんの行動はやはり受け入れられない。それでも忘れられない人…。

音楽に乗って、もう記憶のかなたに封印されかけていたけいちゃんの微笑んだ顔が見えた気がした。

元気かな…。



粉雪
 
粉雪舞う季節はいつもすれ違い
人混みに紛れても同じ空見てるのに
風に吹かれて似たように凍えているのに

僕は君の全てなど知ってはいないだろう
それでも一億人から君を見つけたよ
根拠はないけど本気で思っているんだ

些細な言い合いもなくて
同じ時間を生きてなどいけない
素直になれないなら
喜びも悲しみも虚しいだけ

粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら
二人の孤独を分け合うことが出来たのかい

僕は君の心に耳を押し当てて
その声のする方へすっと深くまで
下りてゆきたいそこでもう一度会おう

分かり合いたいなんて
上辺を撫でていたのは僕の方
君のかじかんだ手も
握り緊めることだけで繋がってたのに

粉雪 ねえ 永遠を前にあまりに脆く
ざらつくアスファルトの上のシミになってゆくよ

粉雪 ねえ 時に頼りなく心は揺れる
それでも僕は君のこと守り続けたい

粉雪 ねえ心まで白く染められたなら
二人の孤独を包んで空にかえすから




2006/12/28/Thu 18:44:48  恋愛のこと/CM:4/TB:1/

§ 買い物依存症?

最近なんだかやばい傾向がある。それはネットショッピング中毒になっていること。特にオークションにハマっていて、毎日大好きなサーフブランドのROXYのセーターやらバッグやらを落札してしまう…。

これって「買い物依存症」もしくは「オークション依存症」じゃないだろうか…とちょっと心配になってきた。欲しくも無いのに買ってしまうわけではないけれど、「必要ない」のに買ってしまう…。しかもオークションは値が釣りあがっていくので、だんだん感覚が麻痺してしまう。

ダイビング友達でもあり、メンヘラー友達でもある友人がやっぱりそういう時期があったと言っていた。これは躁状態かもしれない…。

海外の彼が帰国することで、石垣旅行に行く前に調子を崩していて不眠や倦怠感などの身体症状が出ていたので、就寝前に睡眠薬(マイスリー10mg)と一緒に飲んでいたセロクエルが50mgから100mgになったのだ。それと関係あるのでは…とちょっと怖くなった。

主治医には「セロクエルは増えてるんですけど、調子が良いので減らしたほうが良いのですか?」とだけ聞いたが、主治医は「セロクエルが合っているので、そのままにしましょう。また調子を見ながら精神安定剤(セルシン、マイスリー)を減らすかどうか検討しましょう。ひどい睡魔などがあるようなら減らす必要があるので言ってください。」とだけ言った。

次回の診察はダイビングに行く予定があるので、3週間後になってしまうけれど、ちょっとこの「買い物依存」について相談しようと思う。

ただでさえ休職中でお金が無いところに医療費がかかって、ダイビング(これも私にとっては医療費だけど)にかなりお金がかかっていて、節約しなきゃいけないのに…正反対のことをやっている自分。

「お金は使ってこそなんぼ」という考えの両親は「七海が楽しいことに使うなら良いじゃない。」と言うけど…Iさんとのデートでもお金使っているし、預金残高を見るたびにちょっと罪悪感。

年末ジャンボ当たらないかな(苦笑)


2006/11/24/Fri 23:59:59  日々のつぶやき/CM:4/TB:0/

§ 恋心とトラウマと現実と。

今日はIさんとお台場デート。初めての車での外出。お台場デートはYさんとして以来だったから、なんとなく複雑な思いだった。お台場は全く知らない私だから、知っている場所は皆Yさんと行った場所。

ヴィーナスフォートに行って、観覧車に乗る予定だったけれど、Iさんとあっちこっち周っているうちに、すっかり遅くなってしまった。2100円でビキニが売っていたので、ダイビング用に買ってしまった!冬は寒いので、水着は何着あっても良いので。結局観覧車は諦めて、ゲームセンターに行って、クレーンゲームをやった。クレーンゲームは私の大の苦手。でも、景品のぬいぐるみは可愛いから欲しい…。結局「取れそうで取れない!」のあの気持ちがイライラするので、ついつい白熱して散財。でも、結局45cm位あるサンタさんバージョンのスティッチをGET!Iさんと2人で協力して手に入れたから、余計に嬉しかった。

Iさんと一緒にいると、とても素直になれる。それはIさんの誠実さや優しさから来るものなのだろうか。男性不信・恋愛恐怖の私、ましてや立て続けに短い間に辛い失恋をしている私が、不思議と自然体でいられる。

Iさんの愛情はひしひしと伝わってくる。そして、自分もIさんに好意を抱いていること…いや、恋心を抱いていることを感じた。

でも、Iさんにはひとつ問題がある。それはIさんは決して裕福とはいえない家庭で育ち、生まれつき色盲・色弱の目を抱え、白内障を患い早期退職して年金暮らしをする父親の医療費などを支払い続けてきた。また、伯父さんを自分の家で2年間1人で介護してきたのだ。そしてその伯父さんの医療費も払っていた。(ちなみにその伯父さんはこの9月に他界した。)

「恥ずかしい話だけれど、自分には全く貯金が無い。だから、今すぐに結婚できる状態ではないんです。」

Iさんは32歳。32歳にしては給料は低い方で、私の休職前の給与とほとんど変わらない。私は職場復帰して、海外に赴任することを目標にしているから、元々男性の給与に頼って生活するなんて考えは無い。なにしろ海外赴任すればビザの関係で配偶者は就労出来ないし、そうなったら自分の給与で旦那と暮らさなければいけない。元々そういう考えがあるし、母からも幼稚園の頃から「自活できる女性になれ」と言われ続けていたから、Iさんの給与が低いことや、貯金が無いことはそれほど大きな問題では無い。貯金が無い理由がギャンブルや自分の好きなことに注ぎ込んで…というのなら問題だけれど、きちんとした理由があるのだし、それはIさんの優しさの表れでもあると思う。

ただ、私はIさんと違って、比較的恵まれた環境で育ってきた。就職後、海外から帰国して実家に住みながら働いていた時も、家にお金は入れていなかった。それは両親も望まなかったし、また両親も若い頃実家にお金を入れるようなことはしてこなかったので、ある意味我が家では当たり前のこと。食費や光熱費などは全て父が払っているし、医療費も保険の適応外の部分は援助して貰っている。

そんな私が懸念しているのは、Iさんともし結婚することになって、決して高くは無い2人の給料の中から、Iさんの両親や親戚に金銭的援助をしなければならない状態になること…。残酷な話で、私は自分勝手かもしれない。でも、私は夫婦2人で稼いだ給料は2人だけのために使いたいと思う。お金が余って仕方ないほど余裕のある生活が出来ているならともかく、そうではない現実を考えると、「誰かに金銭的援助をする」という感覚を全く持たず、そういう環境で育たなかった私には、どうしても受け入れがたい。

それは、もしそういうことをIさんと一緒にいたいがために受け入れたとしても、結局自分の環境に無いことを無理にした場合、ちょっとしたことで「あなたの親に仕送りさえしていなければ旅行にも行けたのに!」とか「あなたの両親のせいで私達はこんなに貧しいのよ!」と、Iさんを罵る結果になりかねないから…。そんな悲しいこと、分かっていて受け入れるなんて、私には出来ない。

Iさんは言ってくれた。

「自分にとっては、パートナーが最も大切な存在であり、パートナーが望むことであれば、言い方は悪いかもしれないけれど、家族を捨てる覚悟を持っている。七海にそんなことで心配はかけない。七海がもし本当に将来を考えて自分と付き合ってくれる決心がついたら、その時は両親としっかり話し合うし、そのことで心配はしないで欲しい。これはI家の問題であり、七海が心配する必要は無い。今は七海の気持ちがまだ固まっていないから、心配しないで…と言う事しか出来ないけれど、七海の気持ちが固まったら、明日にでも両親に話しに行くよ。」

複雑な心境だった。今まで両親や親戚に援助をし、介護という実労もしてきたIさんに、家族への想いを断ち切らせなければいけない悲しさ。でも、そのままの状況を受け入れることの出来ない自分は変えられない。それは、育ってきた環境が違うから、仕方ないと私は思う。私の考え方がいくら間違っていても、奢っていても、変えられないものは仕方ない…。

そして、私は最悪なことに「パートナーの両親に対する嫌悪」というトラウマを持っている。以前付き合っていた彼の両親から受けた心の傷から、消えずにいるトラウマ。以前は付き合っている人が家族の話をするだけでパニックを起こしていた。今はそこまではひどくない。でも、やはり家族の話をされると、心が曇ってしまう。

このトラウマは乗越えて行きたい。金銭的な話は別として、私はやはりパートナーの家族や親戚と、普通の人みたいにまでは無理でも、ある程度良好な関係は持てるようになりたいと思う。だって、パートナーの家族に何も非が無いのに嫌悪するなんて、やっぱり悲しいことだから。でも、それまでには長い道のりが待っている。

Iさんへの恋心。
目の前にある現実。
自分のトラウマ。


でも、私は逃げちゃいけないと思う。
きちんと状況と、そして何より自分の「気持ち」を大切にして、これからを考えていかなきゃと思う。

もう、「条件」だけでの恋愛にはさようならしようよ…七海。


2006/11/23/Thu 23:59:59  恋愛のこと/CM:1/TB:0/

§ カウンセリングでも誉めて貰った!

今日はカウンセリングの日だった。

前回のカウンセリングでは、私のトラウマの基となっている彼への別れをどう伝えるべきか、そしてそれに対してどんな症状が起こるか…それについて話し合った。結局その時は先生に彼に宛てて書いたメールのコピーを渡し、自分の中でやはりこのことに終止符を打たなければいけないこと、そしてそれには全てを打ち明けた方が良いと思っていること、ただし彼から返って来る反応でになってしまわないか恐れていること…を話した。

そして前回のカウンセリングが終わって、その夜彼に別れのメールを送った。そして数日を経て、彼から返事が来た。私はそのメールを冷静に受け止めることが出来たし、彼のメールでになることも、彼に未練を感じることも無かった。

ただ、ああ…終わったんだな。

そういう気持ちだった。彼から来たメールへの感想は昨日の記事に書いてあるからここでは書かないけれど、カウンセラーの先生は、私が彼にきちんと別れを告げることが出来たこと、そして彼からのメールを受け止め、彼への心配を抱きつつも、自分の手を出すべきでことではないと感じたことなどを「すごく大きな進歩」として喜んでくれた。

それは自分でも感じている。ここまで来るのに何年もかかった。以前だったら、こんなに自分を苦しめた彼を憎んでいただろう。でも、それもなく、ただ彼への感謝と、頑張った自分への誇りと、終わったことへの安堵感だけが残った。

そう、これから私が目指すことは「職場復帰」。いよいよ具体的な本題に入って来た気がする。トラウマに終止符を打ったことで、私はやっと次の段階へ進む準備が整った。

でも、焦らないでやっていこう。まずはコンディションを整え、大好きなダイビングを続けて、そして規則正しい生活を心がけるように、少しずつやっていけば良い。

「この短い間に、七海さんは本当に頑張りましたよ。本当にずいぶん変わりましたね。本当に良かった。」

カウンセラーの先生はまるで我がことのように喜んで下さった。私もすごく嬉しかった。改めて自分の歩いてきた道を振り返った。

やっぱりダイビングに行って良かったと思う。

石垣島に行く前、彼から帰国する旨の連絡があっただけで身体症状を起こして、身体症状からになっていた私。こんな状態で彼からメールを貰ったら、どうなるのか分からない…そう不安だった私。でも、ダイビングから帰って来たら、そんな不安はなくなっていた。現地で過ごした毎日が、私に計り知れない力を与えてくれた。

好きなことをやることで、脳内にセロトニンが沢山分泌されたのだろう。自然と触れることで大きな癒しを貰ったのだろう。

でも、1番大きいのは「自分の足で一歩を踏み出した自信。

焦らなくて良い。でも、私の足は動くってことを知ることが出来た。このままゆっくり歩く練習をしていこう。


カウンセリングは、これから「柔軟な考え方を持つ練習」に移行するという。認知行動療法。今の私なら、やっていける気がする。過信は禁物だけど、自信が持てることはすごく大切。だって、今までそんなもの持てたこと無かったから…。
2006/11/22/Wed 10:00:32  病気のこと/CM:3/TB:0/

§ けいちゃんからのメール

けいちゃんからメールの返事が来た。(前のメールのやりとりはこちら。)

七海ちゃんのメールを読んでホッとしたよ。打ち込めるものを見つけられたこと、外国の彼氏に別れを告げられたこと…七海ちゃんの状態も状況もゆっくりでも確実に一歩ずつ前に進んでいること…しかも自分の意思と足で!この間のメールを読んでホントに嬉しかった。ただ…俺からこういう風にメールが届くことがもしも迷惑だったら言ってね。せっかく良くなってきてる彩子ちゃんの状態を悪化させたくないから…。


メールありがとう。けいちゃんにそう言って貰えて嬉しいよ。けいちゃんが落ち着いたことを心から喜べた自分もきっと前より前進出来ている証拠だと思うんだ。だから、けいちゃんからのメールが迷惑なんてことないよ。

外国で勉強してる彼が帰国することを知ってからの身体症状が出てしまっていたんだ。でも、ダイビングから帰って来たら、になることもなく別れのメールを送れたし、彼からの返事も受け止められた。そして、にはならなかったよ。外国の彼は私の休職の原因になって、いわ
ばトラウマの元でもあったから、これにケリを付けられたことは自信にも繋がったよ。

けいちゃんは私にとって、今でも、これからも、ずっと特別な存在であることに変わりは無いから。辛い思いもしたけど、けいちゃんに出会わなければ、まだ私は引きこもりのままだったかもしれない。それに苦しみから学んだことも沢山あるから。けいちゃんに出会えて、本当に良かったと思っているよ。

けいちゃんも、無理しすぎないで、スローペースでね。

私は今までずっと結婚資金として(笑)貯めていた貯金を自分の病気からの回復のために使うことにしたんだ。これは医療費だと思っている。結果的に私が恋愛依存を断ち切って、心の病気を乗り越える手段になるなら、今大きな出費をしても、結果的にはその方が自分のためになると思ったから。



素直にけいちゃんからのメールを受け止め、嬉しく思うと同時に、こうやって自分の素直な気持ちをけいちゃんに伝えることが出来た私。

辛かった日々は、決して無駄じゃなかった。
やっと、そう思えるようになった。

人生に「無駄」は無い。

今辛いと思っている人に言いたい…。
今は本当に苦しくて、光なんて何も見えない。
誰も助けてくれず、闇から出る方法は無いと確信してる。

でもね、その「辛さ」は必ず自分の「力」になって帰ってくる日がある。それを信じて欲しい。

そんなこと、私も信じられなかった。
でも、七海は、今こうして一歩一歩ゆっくりだけど、歩いているから…


2006/11/21/Tue 23:59:59  恋愛のこと/CM:1/TB:0/

§ トラウマへの終止符〜ありがとう

私のトラウマとなっていた例の彼から返事が来た。(私が送ったメールはこちら。)


七海さんへ

メール読みました。なんとなく、こんなメールが来るのではないかと予測していました。でも突然だったのでショックでした。結局七海さんを全く支えてあげられなくて悔しい気持ちでいっぱいです。

ぼくの異常な性格が七海さんのボーダーの症状に悪影響を与えていることは、3年前に七海さんがひどいになったときに指摘したかと思います。なのでいまさらな気もしました。ぼくはそれを踏まえた上でなんとかできるのではと思ってきましたが、七海さんにはかわいそうなことをしてきたと思います。言い訳みたいになってしまうけれど、七海さんから連絡が途絶えたりするときは、どうしいいものか分かりませんでした。そっとしておいたほうがいいのだろうと。でも、結果的に辛い思いをさせてしまったことを謝ります。たとえ僕の選んだ道だとしても、七海さんには僕を非難する権利はあるので、それは十分に責めてもらっていいと思います。

性的な部分でもいろいろ問題がありましたね。負のスパイラルのようになっていた気がします。不用意な言動については謝りたいと思います。薬の件は気にしなくていいです。ぼくも心から直したいと思っていたから、この点に関しては何も傷ついていないので気にしないでください。

組織に関して、これについて、ぼくの生きかたそのものを嫌悪していることは、ずっと前から分かっていました。一番身近な人に自分のしていることを楽しんでもらえないことは、悲しかったです。組織に対して、ぼくの態度は不適切なことは重々承知です。もちろん、組織で働いている人を尊敬しているし、ぼくの周りの人間もみな組織で働いてきた人間ですから、その大変さも分かっているつもりです。運よく研究者になれたとしても、大学は立派な組織です。自分の甘さはいさめて行きたい
と思っています。ただ、それと同時に組織から抜ける勇気も必要なのではと思います。世の中には組織に属したくても、様々な理由で属せない人々もいると思います。そういう人が無理やり組織にとどまるべきだとはぼくは思いません。なんらかの受け皿やサポートが必要ですが、これについては、まだまだだと思います。組織に属している人間にも敬意を払うと同時に、属せない人々も温かい眼で見ていきたいと僕は思います。

「中途半端な関係を続けることの悪影響」という点に関して僕も同意します。辛いこともたくさんあったけれど、前にも言ったことがあったかもしれないけれど、楽しい思い出しか思い出しません。人間の記憶力はうまくできているね。

あと七海さんはひとりぼっちと自分で書いているけれど、そんなことはけしてないことだけは忘れないで下さい。七海さんの病気克服を陰ながら祈っています。ほんとはひと目、顔を見たいけれど、過去の出来事を考えると止めておいたほうがいい気が僕もします。

そちらには七海さんに買ってもらったり、選んでもらったシャツなどを置いてきたかな。大事に着続けたいと思いますので、お手数ですが送ってください。これまで本当にどうもありがとう。七海さんのブログを遠くから見守っていきたいと思います。

Mより。



Mらしいメールだな…そう思った。優しさに満ち溢れているけれど、決して自分の考え方を曲げる気は無い、けれど非難されても当然…。彼という人間は、自分の問題を理解した上で、それを敢えて変えようとしない人なんだと、改めて思った。

でも、相変わらず穏やかで謙虚な文面から、それに対して、怒りとか苛立ちは感じなかった。ただ、悲しく思った…。M自身「ぼくの異常な性格」とか、「組織に関しての不適切な態度は重々承知」と書いているけど、彼にはそれを治そうという考えは無い。

特に、彼のコミュニケーションにおける異常な性格は、今からでも治療をしていけば、治せないものでは無いと思う。「心の病」の1つだと思うし、適切な治療やカウンセリングを受けて、少しずつ変えていくことはきっと出来ると思うのに…でも彼はそれを望まない。そのことが、悲しい。

「今は自分の心配だけをしましょう。」

主治医の言葉が頭を過ぎった。そう、今は自分の心配だけすれば良い。

Yさんが「昔の彼女から貰ったものは全て捨ててしまう」と言っていたのとは対照的に、彼は私が買ってあげた洋服や、選んであげた洋服を大事に着たいと言う。私のブログ(本家ブログの方)を陰ながら応援したいと言う。こういうところは、本当に彼の優しいところであり、とても愛しい部分でもあった。

彼は「良い思いでしか残っていない。」と言うけれど、私にはそうは考えられない。心のどこかできっとまだ彼を嫌悪する気持ちは残っているだろう。でも、少なくともこのメールは非常に冷静に受け止めることが出来た。

私の恋愛ボーダーを助長し、の発症のきっかけになり、そして休職しなければならないほど強いトラウマを引き起こした彼。彼の呪縛から脱するのに、何年もかかった。でも、今私はこのメールを冷静に受け止め、彼の良い部分は素直に受け止め、そう思ってくれたことに「ありがとう」と言える。

人生を共に歩むパートナーとして信じていた人…。
同時に人生を破壊する結果となってしまった人…。


彼が悪いとか、私が悪いとかじゃない。ただ、2人の抱える精神的な歪みが、見事にシンクロして悪い結果を出してしまっただけ。

そして、私は今このトラウマから脱することが出来た。

私の人生から「彼」は消える。私の心から「彼」は消える。寂しさと、安堵感と、一人の人を失った虚しさ…でも、乗越えなければいけなかった最大の壁を乗越えた達成感がある。

さようなら、私のトラウマ…。

そして、最後に私を受け止めてくれた彼に言いたい。

「ありがとう」




2006/11/20/Mon 23:59:59  恋愛のこと/CM:1/TB:0/

§ 告白〜そして考えたこと

LOUNGE CURTAIN


今日はIさんが午後休を取ってくれたので、デート。アメリカンスタイルのカジュアルなお店でメキシコ料理を食べて、TVや雑誌で話題のケーキ屋さんに行って、夜はネットで調べたカップル個室のあるお洒落なお店で軽く済ませた。

こんなデート…私がずっと憧れていたデート。女子校を卒業してすぐに海外と日本を往復する生活を続けていた私は、恋愛といえば常に遠距離恋愛だった。その分一緒にいる間は半同棲状態だったり、旅行に行ったり…遠距離だからこそ出来たこともあったけど、こうやって日本でのんびりデートしたことなんて、ほとんど無かった。何より、こんなにコンスタントに会える事なんてなかった。

夜行ったお店はとても居心地の良いお店だった。カーテンで仕切られた個室は、ソファーというより、ベッドみたいになっていて、アメリカ映画やドラマに出て来るお洒落なクラブみたいな感じだった。日本にもこんなお店があるんだな〜と思いながら、2人でまったり過ごすことが出来た。

そんな時、Iさんがおもむろに口を開いた。

「結婚を前提に正式にお付き合いして貰えないかな。」

私はすぐには答えられなかった。Iさんの腕の中で、沈黙してしまった。Iさんのことはとても尊敬しているし、好意も持っている。何よりIさんの「決して人を憎まない姿勢」「常に異なったものの見方をすることが出来るところ」「楽観的なところ」…そんなところは、メンヘラーになっちゃうような私には持てない部分であり、こんな人がずっと側にいてくれたら、きっと私にとってプラスになる…。

でも、私にはけいちゃんとYさんのことがわだかまっていた。わだかまっている…というのは、けいちゃんやYさんに未練があるっていうのではなくて、短期間の間に「結婚」を約束し合ってあっさりと振られてしまったという事実。そして「結婚」を考え、それに突っ走ってしまったために相手の「真の姿」を見ることが出来なくなっていた自分への戒めの気持ち。

だから、今ここで結論を出してしまうことが怖かった…。

その気持ちを素直にIさんに伝えると、Iさんは素直に受け入れてくれた。

「それだけ俺のことを真剣に考えてくれていることはとても嬉しいし、焦らせる気持ちは全く無いから、ゆっくり俺のことを見て、もし七海が同じように思えるようになったら、言ってくれればそれで良いから。もしそう思って貰えなかったら、それは自分の努力が足りなかったり、自分の魅力が足りなかったってことだから。ゆっくりで良いし、しっかり見極めて欲しい。ただ、自分は七海のことを本気で愛しいと思っているということだけは、伝えたかったから。」

Iさんらしい言い方だった。Iさんと時を重ねながら、けいちゃんやYさんの時の失敗を活かしながら、Iさんが自分にとって、条件云々じゃなくて、本当に人生を共に出来るほど愛おしく思っていかれるか…ゆっくり考えていきたいと思う。

自分の足で歩きながら、でも、一緒に手を繋いでくれる存在…。

ボーダー恋愛依存を脱して、私がそうやって歩いていかれること。それが何よりも大切だと思った。

2006/11/19/Sun 23:59:59  恋愛のこと/CM:1/TB:0/

§ 思いがけないメール

思いがけない人からメールが来た。けいちゃんからだった。もう、2度と連絡が来ないと思っていたけいちゃんからのメール…。純粋に嬉しかった。

近況報告。昼間のバイト先の社長から社員になってほしいって話があって、条件も悪くなかったんで今週から社員になっちゃった!特別にダブルワークを認めてくれるっていうから夜のバイトも時間を短くして続けてるんだけどね。相変わらずプライベートな時間は皆無に等しいけど経済的には余裕が出てきたんで、そういった面ではあの頃よりも気持ちに余裕が出てきたかな。こうしてメールもできるようになったし。

今はとにかく昼間の仕事をメインにしながら自分がホントにやりたいこと(自分に向いてること)を探していこうって思ってる。見つかるかどうか分からないけどね。ネットショップも不発で終わっちゃったし。でも、昼間の仕事は少なくとも夜やってるバイトなんかよりは得るものがたくさんある会社だから。

七海ちゃんはどう?調子の方はどうかな?今月は外国から彼が来るって言ってたよね。もう会ったのかな?一日も早く七海ちゃんが仕事に復帰できる日を祈ってるよ。それから荷物とお金は来月送るからね。そいじゃ、またね。




メールありがとう。社員になれて、経済的余裕も出て来たんだね。心に余裕が持てる状況になったみたいで安心しました。

私はダイビングに打ち込むことで、恋愛依存だった自分を乗り越えようとしています。職場復帰はまだ遠いけど、私も私なりに過去の過ちを糧にして、少しずつだけど、前に進んでいます。

10月に続いて7日から11日まで又石垣島に行って来て、来月は慶良間に2回、1月は与那国に行って来ます。今まで貯めた貯金を切り崩しての生活で厳しいけど、自分にとって今一番大切なことをしていこうと思っています。きっとそれが快復への近道だから…。

でも、けいちゃんが忙しい中にもやり甲斐を見出だせて邁進していること、嬉しく思います。

外国の彼にはメールで別れを告げました。返事は来ません。やっとケジメをつけることが出来て、前に進んで行ける様になったよ。外国の彼は一番の乗り越えなきゃいけない、私のトラウマだったから



けいちゃんからメールが来て、私は純粋にけいちゃんの成功を嬉しく思った。きっと以前だったら。けいちゃんからメールが来ることで、動揺してしまっていただろう。でも、私の心は平穏だった。けいちゃんが相変わらずプライベートな時間も持てないハードワークをしていることは心配だったけど、新しい仕事にやり甲斐を感じて、生き生きしている様子が文面から伝わってきたから、純粋に嬉しかった。

けいちゃんは今でも私にとって大切な人には変わりない。けいちゃんに出会わなかったら、七海はまだ引きこもりのままだったかもしれないから。けいちゃんとは苦しい思いもいっぱいしたけど、そこから得たものも大きかった。

2人の道はどんなにもがいても重なることは無い。でも、その道が1度だけ「交差」したことがあった…。

懐かしい夏の思い出。
もう、冬が来たね…けいちゃん。

2006/11/18/Sat 14:00:58  恋愛のこと/CM:1/TB:0/

§ ウェットスーツを作りに行った!

石垣島に行って、レンタルのウェットスーツだと、身体に密着していないために水が出入りして寒いことに気付いた。12月、1月、3月と潜りにいく予定のある自分にとって、これはオーダーでウェットスーツを作った方が良いと思った。

というわけで石垣で知り合ったダイバーの女の子(偶然彼女もメンヘラーだった)から紹介してもらったお店へ、ウェットスーツをオーダーしに行くことにした。そのお店がたまたまIさんの職場からそう遠く無いということで、Iさんが午後休を取って付き合ってくれた。

ウェットスーツの工房は、本当にダイビング・スーツを専門に扱うお店で、雑然と生地と出来上がり品、そして作りかけのスーツが並んだ小さな店内に初老の夫婦と店員が1人。なんともアットホームなお店だったけれど、安くて良い素材を使っている所為か、沢山のオーダーが来ている様で忙しそうだった。この日も平日だというのに、数人がオーダーに来ていた。

Iさんはダイビングの経験は無いけど、一緒にスーツのデザインを選んだりして、私の採寸の間も一緒に待っていてくれた。オーダースーツはそれなりの出費になったけれど、ダイビングに行き始めてからの私は確実に前に進めている実感がある。だから、これは私の「医療費」。

から脱却して、職場復帰するために、これが最善のことならば、今までの貯金を切り崩したって良い。通帳抱えて飛び降り自殺したって仕方ないもん…。自分の健康の為に使うなら…それも良い。

遊ぶためじゃない。今の私にとって、これは「治療」。そう思うことで、世間への罪悪感とか、貯金を切り崩すことへの抵抗を乗越えた。事情を知らない人に「仕事休んで貯金はたいてダイビングばっかりやって」って詰られたって、つい1ヶ月前に自殺未遂した私がこうやって元気になりつつある事実は変わらないから

その後はIさんと食事して、お茶して、夜景を見て…。Iさんは私のことをとても愛おしく思ってくれている。それを感じた。私もそれが嬉しいし、私にとってもIさんと2人の時間は楽しい。だけど、私の頭の中にはけいちゃんやYさんとの短い別れがまだ残っている。

「結婚」に支配されて突っ走ってしまった自分…。相手に依存しすぎてしまった後で、相手を失った時の苦しみ。

だから、Iさんを好きになってしまうことが、怖いのかもしれない…。


今はゆっくりいこうと思う。私は「ダイビング」という手段を使って自分の足で歩き始めた。

だから私にはもう「結婚や恋愛」だけが頼りじゃない。

私には、今は自分を支えるものがいっぱいあるから。

2006/11/17/Fri 23:23:59  日々のつぶやき/CM:3/TB:0/

§ 風邪を絶対引かない方法

快晴で29℃もあった石垣島から帰ってきて、あまりの寒さに風邪を引いてしまったらしい。熱が37.4℃。鼻水が止まらなくて、のどがちょっとだけ痛い。思えばで休職してから風邪なんて引いたこと無かった。

以前医者に言われたことがある。
「風邪にならない最善の方法は人と接触しないこと。」

なるほど。家に引きこもっていたら風邪の菌も貰わないので、今まで1年間風邪を引いたことが無かったのも納得。

今回は急な気候の変化+石垣から帰ってきて行ったマッサージで、隣の患者さんが風邪引きだったのが原因と思われる。とりあえず、「病気は先手必勝!早い対応が功を奏す」と色々病気をして学んだ私は早速病院へ…。

休診日だった…。
明日はIさんとデートなんだけどな。
ま、明日の朝行けば良いか。

というわけで、ベンザブロックを購入して早めに就寝…。
2006/11/16/Thu 23:28:26  日々のつぶやき/CM:1/TB:0/

§ 最大の決意〜別れの手紙

 カウンセリングを終えて、例の彼に遂に別れのメールを送った。残酷なのかもしれない。でも、私が休職する原因となった彼との問題…。これを乗越えなきゃ、絶対に私は回復出来ない。そう心に決めたから、メールを書いた。こういうメールが書けるようになるまで、1年半かかったんだな…改めてそう思った。彼から得たものは、楽しかったことも、苦しかったことも含めて、私の糧になったことに変わりはないと思う。

アリガトウ。
ソシテ、サヨウナラ…。
アタシニ コウカイハ ナイヨ。




Mへ

どうしても言わなければいけないことがあり、メールしました。Mにとって、とても辛いメールであることは分かっています。でも、いつかははっきりさせなければいけないので、あえて書くことを決意しました。

私のボーダーの症状がひどかったこともあり、何年間も離れ離れで会えないMとの関係に「自分に彼がいるという実感が全く湧かないこと」そして性格の不一致、Mの性的な行動が私に与えた影響などにより、私の中で「Mに対する嫌悪感」が増していきました。

昨年5月にMが一時帰国した際に、Mの両親と私の両親をまじえて会食をしたことがきっかけで(私は恋愛ボーダーに加え、過去の経験から相手の家族に対する嫌悪感や恐怖感というトラウマを抱えていたことは知っていると思います)、ひどい鬱になり1ヶ月間食事もとれず、全身に蕁麻疹が出来て、結局仕事に行かれなくなり、休職することになりました。その後職場復帰した私ですが、またその症状が戻ってくることが怖く、Mとは半年間全く連絡を取らず、その後月に1回位の割合で短いメール交換をしていただけでした。一度はMに手紙やメールを書けることが出来て、自分の「症状」は治ってきているのだと思いました。

洋平とはずっと遠距離恋愛だったけれど、その代わり世界中を一緒に旅行して、沢山の思い出も作ってきたし、MにはMの良いところがあり、またMの条件は私の求める「理想」にはピッタリ…。でも、長い治療期間を経て、私がMに対して嫌悪感を抱いたのは、病気が原因では無く、Mのことをもう愛することは出来ないからだと気が付きました。理由を書くべきかどうか、非常に悩みました。でも、ただ「もう愛せません。」と一方的な言葉を投げかけただけでは、Mも納得出来ないと思い、書かせて貰います。

それは、まず第一にMは「離れ離れ」であることを苦にしない。一人暮らしで鬱病になった私は、「常に側にいてくれる誰か」を求めているのです。でも、Mには決して曲げられない「学問の追及」があり、それに没頭し、私の側にはいてくれなかった。それはMの選んだ道ですから、責めることはしません。ただ、私には「いつも側にいてくれる人」が必要だった…それだけです。

そしてMは人間関係の構築が非常に苦手で、口数も少なく、自分の意見を決して言わないですよね。だけど、自我がすごく強くて、決して自分を曲げない。思ったことは全て口に出してしまい、コミュニケーションに重点を置く私とは随分違いました。私はMが自分の気持ちや意見を言葉にしないことで、勝手に「言葉が無いこと=YES」と解釈してしまっていました。確か、Mに意見を言ってくれるように頼んだことも何度もあったと思います。でも、結果的にMにとってそれは難しかった。そして、なんでも口に出さずにはいられない私には、Mのやり方は理解することが出来ませんでした。今までMの意思でMから電話を貰ったことは、1度もない…。これって、あまり普通のことじゃないと思うの。寂しがり屋の私には、辛かったし、電話しても会話が弾まないのも辛かったです。

Mは、私の病気を理解し、応援し、励まし続けてくれていました。そのことは分かっているけれど、私に「言葉」では伝えてくれなかった。私は辛い時に、特に鬱になった時に、ぎゅっと抱き締めて「大丈夫だよ。七海は悪くないよ。病気が悪いんだよ。」と包み込んでくれるような人を望んでいたのです。Mは私の病気を分析し、理論で解こうとする…そう、典型的な「学者タイプ」。でも、私が欲しいのは単なる「温もり」…。

それから、Mとは性的な部分でもうまくいきませんでした。はじめの頃はMは「七海が幸せな気持ちになれることが僕の幸せだよ。」と言ってくれた。でも、私はMが感じることが出来ないことに負い目を感じていて、治療して欲しいとMに言いました。でも、Mはこう言ったね。

「いいよ、別にそんなことしなくても。」

私はこの言葉にショックを受けました。「セックスは愛情を高めあう手段のひとつ」そう思っていた私は、Mがそれを「そんなこと」と言い放ったことにショックを受けたのです。Mにとってはセックスは欲望のはけ口にしかすぎないのかな…と。結局私が強引に薦めて薬を使った後は、その行為はもう「愛情を高めあうもの」から逸脱していたように思います。私もあんなにMに治療を促すべきでなかったのかもしれない。このことで傷つけていたら、本当にごめんなさい。

Mは私が初めての彼女だったから当然性に関する知識も無かったし、キスの仕方すら知らなかったけど、それは私にとって何の問題じゃなかったです。ただ、問題なのは、Mの頭にある「性の知識」は全てアダルト・サイトやアダルト・ビデオや雑誌から得た情報…。そんな話を何故か私に常に話す様になりましたね。もうほとんど忘れてしまったけれど、例えば「わざと妻を他の男と寝かせて、ゴム無しで射精させて、それを掻き出しながらやることに快感を覚える人がいるんだよ。」とか、そんなどうでも良い話をその度にしていたでしょう…。私はそういうおぞましい話を聞くことで、男性の性に対する考え方や衝動に段々不快感や嫌悪感を覚えるようになっていってしまいました。

そして、例えば台所にいる時、居間にいる時、何気ない普通の話をしている時に、突然勃起した局部を見せてきたり、性行為の真似事のようなポーズをしたりしたね。私にはそれが苦痛でした。台所や居間でそのような行為に至ることもあると思うけど、普通は優しく言葉をかけあったり、だんだんとムードを作り上げて、お互いそんな雰囲気になって至ることだと思います。だけど、正直Mの行動は私には所為の衝動に駆られているか、私をからかっているようにしか感じられませんでした。

さらに、Mは「叩いて欲しい」とかそういうことも言ったよね。なんだか全てアダルトビデオか何かをそのままなぞっている様な気がして、私にとってMとの「性」に関する時間は、「愛情を高めあう時」ではなく、「耐え忍ぶ時間」になってしまいました。 そして、やがて私に「性」に対する嫌悪感が湧くようになってしまいました。

最後に、最大の理由とも言えること。私は今は休職しているけれど、世の中の多くの人間の様に「組織」で働き、嫌なことも乗越えながら「社会人」として生きてきました。でも、Mは「自分はネクタイを結ぶような仕事は出来ない。」「自分は組織で働くことは無理だ。」と開き直ったように(私には見えてしまいました)言っていました。じゃぁ、この世の全ての人間が、果たして「組織で働きたい!」と心底思って働いているのでしょうか?私は…違うと思います。組織で働くのが向いていなくても、ネクタイにスーツなんて格好で仕事したくなくても、皆お金を稼ぎ、将来設計を立てるために働いている…。

でも、Mはそれを否定して、「自分は結婚しないし」…とか、言って、自分の道を貫き通す。研究をすることが悪いわけではない。ただ、そういう「組織で働く人間なんかに絶対なりたくない。」と、ある意味組織で働く社会人の苦悩も知らずに凝り固まった考え方を持っているところ…それが私の一番耐えられないところだったのかもしれません。

偏見かもしれないけれど、組織で働いたことの無い研究者などは偏った考え方をしている人が結構いると思います。それは、組織で働いていると「自分の意思や希望」は叶わないことが多いし、上の命令で不本意なこともやらなければいけないし、自分が悪くなくても謝らなきゃいけないこととか、沢山ある。そういう経験を経て、ある意味人間は社会人として視野の広い人間に成長していくのだと思います。ところが、そういう「苦境」に合わなかった人間は、自分の考えに固執して、それが叶わないなら「別にいい」とすっぱり切り捨てる傾向にあるように思います。Mには、どうかそういう人にはなって欲しくない…視野の広い人間になって欲しいです。

そう…私はMを「ある日突然何の理由も無く嫌悪するようになった」と思って自分を責めていたけど、Mを愛せなくなった理由はあったのです。それが溜まりに溜まって、ボーダーの症状とごっちゃになって噴出したから、最初は「理由」が見えなかっただけだったのです。悲しいけれど、それが事実であることに気が付きました。

本当はこういう大切なことは、きちんと会って話すべきことなのでしょう。でも、一人ぼっちの私は、Mをひと目見たら、上述のようなこと全て忘れて、寂しさだけでMに擦り寄ってしまいそうな気がするのです。この点で私はものすごい脆弱です。でも、そうなってしまうことは、中途半端な関係を続けることになり、結果Mにとっても私にとっても良くない結果になってしまうと思い、メールで告げることを選択しました。

私を信じ、待ち続けてくれ、陰で励まし続けてくれたMには本当に感謝しています。私にとって、今もMは特別な存在で、Mと過ごした楽しかった時は、決して忘れることは出来ません。ただ、私達の歩むべき道は異なっていたのだと思います。

どうか異国の地で研究を成功させ、Mの思い描く人生をかなえてください。私も病気を克服し、仕事に復帰できるよう、歩み続けるつもりです。今まで本当にありがとうございました。身体に気をつけて元気でいてください。

追伸:私の家にある荷物は近日中に実家に送ります。

七海より


2006/11/15/Wed 23:59:59  恋愛のこと/CM:1/TB:0/

§ アンビリーバボーな感動ストーリー再び

土曜日の夜、旅から帰ってきた。本当に充実した旅になったけれど、その話はまた次回書くとして、昨日会ったIさんから聞いた感動のストーリーを書き記したいと思う。

昨日は再びIさんに会った。今度は私のよく行く街で会った。美味しいワッフルのお店で、長々お茶をして、その後お気に入りのダイニング・バーにIさんを連れて行った。ここは過去にデートで使ったお店だけど…まぁいいよね。

Iさんには前回会った時も衝撃的な感動の話をしてもらったけど、今回もIさんから素敵な話が聞けた。…私は今自分で自分の考え方を少しずつ修正していく練習を、カウンセリングを通じてゆっくりやっている。そのことを話したら、Iさんが「でも、自分の考え方や心持を変えることは、ある意味簡単なことだと思います。何故ならそれは道具も、他の何も必要ないし、自分の中だけで、自分の力だけで出来ることだから。」と言った。典型的な健常者の考え。

メンヘラーにこの言葉は1番痛い。何故なら、頭では分かっていても、心が言うことを聞いてくれない…。感情が頭からの指令と真逆の行動を取る…それがメンヘラーを苦しめる要因だから。

私は自分の心が暴走すると、いつも「自分の中に他人の心が住み着いているようだ。」と思う。私は主治医やカウンセラーにも言われているけど、自分の状況や病状を非常に冷静に分析することが出来る。何をすべきかも分かりすぎるほど分かっている。…ただ、「心」がそれについてきてくれない。

健常者は、好きな人に会ったら「嬉しい」と感じ、嫌いな人に会ったら「嫌だな」と感じる。美味しいものを食べたら「美味しいもの食べれて嬉しいな。」と感じる。不味いものを食べたら「こんなもの食べなければ良かった。」と感じる。…それは頭と心が繋がっているから。

でも、メンヘラーは時として矛盾した感情を持つ。良いことに対しても、頭では「素晴らしいこと」と分かっていても、心がそれを拒絶して、の闇に引きずり込もうとする。そして感情が暴走を始めると、やがて理性もそれに取り込まれ、正常だった頭が心に支配されて、死や絶望でいっぱいになる。

健常者にはわからないこと。

私はIさんにその話をした。それで嫌われるなら嫌われて良いと思った。何故ならそれが「七海」であり、どんなに背伸びをしても、私が病気である事実は変えられない。それを隠し通してまで、人と付き合いたいとは思わない。だって、それじゃぁまるで病気が悪いことで、病気になった私は悪い人間みたいじゃないか。悪いのは病巣であって、病気になった本人に非は無い。…私はそう信じているから、事実を告げた。

案の定Iさんは困惑していた。かける言葉が無くて申し訳ない…と困っていた。当然だろう。この病気はこの病気を経験した人間以外には理解出来ないだろうし、それは仕方ないことだから。

「七海さんの話は、色々昔のことを思い出させてくれますね。」
そう言って、しばらくの沈黙の後、Iさんは徐に話し始めた。

Iさんは中学時代からバスケをやっていて、高校時代にじん帯を切断する大怪我をし、奇跡的な回復を遂げた。(その話についてはこちらの記事にあります)大学に入っても、バスケを続けていたけれど、じん帯を切断したこともあり、これ以上続けるのはリスクが大きいと、3年生の時にバスケ部の選手からコーチになった。コーチになったIさんは、部員のみんなに「勝つ喜び」を教えてあげたくて、やや厳しく指導していくことを決めたという。それは、同時に「嫌われ者」になることを意味していたが、親友が「お前が嫌われ者になってでも、そうやってみんなを指導してくれるなら、俺はお前のことを精一杯フォローしてやるから、どうか嫌われ者になってやってくれ。」と勇気付けてくれたこともあり、Iさんは厳しい指導をしたという。

ところが、ある日部活が終わった後、Iさんを部員全員が取り囲み「どうか退部してくれ。」と詰め寄ったという。「自分達はただ楽しくバスケを続けたいだけなんだ。だけどあなたがいると楽しいバスケは出来ない。だから退部して欲しい。」そういわれたと言う。Iさんはショックだったけれど「自分がいなくなったら、お前達は楽しくバスケが出来るんだな?」と確認し、それなら…と退部したという。

そんなIさんの耳に、風の噂で「彼を励ましてくれた親友が率先してIさんの悪口を言い、退部させるように部員を扇動した。」という話が届いたという。

そして、その親友が卒業した後、残った部員達がIさんのところにやってきて「I先輩がいなくなってから、最初は楽しかったけれど、いつしかまとめる人がいなくなり、練習を全くしないでおしゃべりばかりしているやつ、自分勝手に練習するヤツ…部員がばらばらになってしまって、楽しいバスケどころか、バスケすら出来ないような状態になってしまいました。どうかもう1度戻ってきてくれませんか?」そう言ったという。

親友に裏切られ、1度は間違っていると指摘された自分のやり方が、結局正しかったことを知ったIさん。それはどんなにか辛いことだろう…私は思った。

でも、Iさんは違った。

「自分は、その言葉をかけて貰った時に正直とても嬉しかったです。でも、1度決めた約束だし、部に戻ることは断りました。そしてその後輩に今は辛い時期でみんなをまとめなければならない苦しい立場にいるけど、きっと君なら出来るから頑張れ…と言いました。」

「そして、自分はその時の親友を恨んだり、部員を恨んだことは無いです。それはショックであったことは確かだし、きっと辛かった時もあったんだと思います。でも、親友にしてみれば、もしかしたら自分がまさかこんなハードな練習をやらせるとは思っていなくて、フォローしたくてもしきれなくなってしまったのかもしれないし、それに親友や部員を恨んでしまえば、彼らと過ごした楽しかった日々も失ってしまうことになるから。彼らと過ごした楽しい時期はいっぱいあったから、その方が私の記憶には強く残っているんです。」

この言葉は私には衝撃的だった。私は決してそんな風に思えない。私は幼い自分を苦しめた両親や親戚を許すことは出来ないし、幼い頃の楽しかった記憶をそのせいで失っている。現在の両親は、私の病気を理解し、それを機に仲良くしてくれ、私を支えてくれているから、両親には感謝している。でも、過去の両親の行為を許すことは出来ない…。

「七海さんはもちろんそういう風には考えられないかも…。」

とIさんは言ったが、これは病気とかそういう問題じゃなくて、健常者であってもIさんのような経験をしたら、相手を恨んだり、悔しくて部員を嫌いになったりするだろう。人間は自分が一番可愛いし、そういう生き物だ。だからIさんは本当にすごい人だな…と唖然となった。

「いや、でも自分も当時は悔しいって思いましたよ。それは自分が退部した後に入部してきた新入生が粒揃いで、あのメンバーと一緒にやりたかったなぁ…って。」

Iさんは笑いながら言っていたけど、その「悔しさ」はなんてポジティブな悔しさなんだろう…。否定的な部分を見るのではなく、プラスの部分に目を向ける…。Iさんはそれが出来る人。そして相手の立場になって物事を考えられる人。

たまたま私の周りにこういう人がいなかっただけかもしれない。もしかしたら、いても知らなかったのかもしれない。でも、こういう風に考えられる人で世の中がいっぱいだったら、戦争なんて起こらないだろう。

仏のような心の人…。

思わずそう思った。私もいつかそんな風に考えられる日が来るだろうか?過去の両親を許せる日が来るのだろうか…?

ふと、考えた。


2006/11/13/Mon 23:59:59  日々のつぶやき/CM:2/TB:0/

§ 旅立ちます

竹富島のリーフ

Photo by (c)Tomo.Yun

明日、早朝石垣島に向けて出発。

1ヶ月ぶり、2回目の石垣島。到着と共に港に直行してダイビング。というわけでコンディションを整えておかなければ。今日はマッサージに行って、帰ってきてからパッキングをしたり部屋を片付けたり…。バタバタとした1日だった。

今度こそマンタに出逢えますように…。

私が2本足で歩いていくための「旅」。
まだ一歩踏み出しただけだけど、全てを目に焼きつけ「また来たい」そんな風に思える旅にしたい。


明日は早朝5時にはタクシーが迎えに来てしまう。というわけで今日はさっさと寝なければ。眠剤効いてくれますように…。

過去の辛い記憶を洗い流し、未来への希望を与えてくれる母なる海へ…七海は羽ばたきます。
2006/11/06/Mon 20:58:26  日々のつぶやき/CM:5/TB:0/

§ 羽ばたく女神達

今日は火曜日から石垣島に出発することもあって、勉強に明け暮れた1日だった。なんの勉強かと言うと、今回石垣島でダイビングのアドバンスのライセンスを取ることになっているので、そのテキストを読んで問題に答える…というもの。テキスト読めば解ける程度の簡単な問題なのだけど、慣れないことをやったせいか肩がこってしまった。

途中で勉強を中断して「世界バレー」を見た。日本はヨーロッパ王者ポーランドと接戦を繰り広げた末に勝利を収めた。これは私の主観だけど、日本のスポーツは精神面に弱い部分があって、一旦ペースが乱れると、そのままずるずる相手のペースに巻き込まれて負けてしまう…というパターンが、多くのスポーツにおいてあるように思う。ところが、今回の女子バレー日本代表は違った。ポーランドに何度もペースをかき乱され、先制され、逆転され…最後はデュースに持ち込んでも、決して諦めずに食らいついて行く…絶対に諦めないという闘志が液晶画面を通して感じられた。

「絶対に負けない」

選手の芯の強い眼差し、そして勝利を収めた瞬間のはじけ飛ぶような笑顔…それに私は元気を貰った。厳しい道程を経て、やがて辿り着いた舞台で、緊張・プレッシャー・恐れ…そういったものを全て吹き飛ばし、邁進して羽ばたく女神達の姿。

「私も羽ばたきたい、あんな風に。」

私はスポーツは大の苦手。体育の時間はお腹が痛くなっていつも見学しているような子だったけど、スポーツ観戦は好きだ。それは、こういう感動を与えてくれるから…。

今日は日曜日なので、一昨日デートしたIさんとメールをやり取りした。Iさんに今年の誕生日とクリスマスは予約されてしまった(苦笑)Iさんはとても素敵な人だと思うし、正直私もちょっと気になっている。でも、焦りは禁物。ゆっくり会っていきながら、お互いがどんな人か知り合っていければ良い。まだ私には時間は沢山あるんだから。

もう焦って袋小路に迷い込むのだけはやめよう。
さぁ、青い海が待っている!
私が2本足でしっかり地面を歩くために…。
旅はまだ始まったばかり。
ゆっくり進んでいけばいい。

2006/11/05/Sun 23:59:59  日々のつぶやき/CM:2/TB:0/

§ カウンセリングでもみつからない答え

今日はカウンセリングに続いて診療だった。真っ先に相談したいのは、例の彼が一時帰国していて、その彼に「どうやって別れを告げるべきか」ということ。この問題は非常に大きな問題で、カウンセラーの先生も悩んでいた。

私に彼をもう一度受け入れる意思は無い。それはこちらの記事に書いた通りの理由だから。別れを告げなければいけないことは必至。

けれど、今私はまさに自分を「恋愛依存」から引き離して、自分の2本足で歩けるように「ダイビング」という道を選んで旅立とうとしているところ。そこで彼と面と向かって会ってしまえば、電話で声を聞いてしまえば、再び私の恋愛依存が復活して、彼にしがみついてしまうかもしれない。そうでなくても、心に大きなダメージを受けることは目に見えている。

だから私は「メール」という方法で彼に別れを告げ、母に私の家にある彼の荷物を彼の実家に宅急便で送ることを頼むつもりだ。それは一見むごい仕打ちに見えるかもしれないけど、某SNSのメンヘル系コミュでお世話になっている方にも、「彼は今まで七海さんの状態を知りながら、電話の1本もして来ないような人。その態度はあまりにもひどすぎると思うし、彼のことを気遣うより、まずは七海さんが苦しい思いをしないように考えて。」と励ましてもらったから、悪いことだとは思わない。

ただひとつ、問題となっているのは「彼にどういう内容で伝えるか」ということ。私が振られる立場だったら、全て思ったこと感じたことを説明してもらわないと納得出来ないと思う。ただ単に「もう付き合えない」という一言は受け入れることが出来ない。

でも、彼に理由を話すことは、いわば彼に「別れ」以外の衝撃を与えることでもある。私は彼が「理由」を知って、今後の人生に生かしてくれれば…と思うけれど、彼がそう感じるかどうかは分からない。むしろ、彼の性格や精神傾向を考慮すると、「それなら自分は一生独り者で良い。」と突っぱねてしまうような気がする。

私が1番恐れているのは、彼にメールを送って、彼から「考え直して欲しい。」「どうして?」と、反応が返ってくること…。彼の性格からして絶対電話はしてこないだろう。何しろ付き合い始めた2002年から今まで、彼の意思で電話がかかってきたことは一度も無いから。例えメールでも、私にとって精神的ショックになることは間違いない。

だからこそ、1回で納得して貰える様な方法を取りたい。
たとえそれが残酷でも、「事実」は変えられないから。

カウンセラーの先生は「七海さんが傷つかず、彼も傷つかない方法…難しいですよね。ダイビングに行ったりして好きなことをやって、落ち着いてからもう少しゆっくり考えてはどうでしょう?」と提案した。私も旅行前にゴタゴタは起こしたくないし、それには同感だった。だからとりあえずは放っておく。どうせ彼も私がダイビングに行っている間は学会で遠くに行くらしいし。

彼の帰国を知ってから、ずっと睡眠障害に悩まされていることを主治医に話したら、就寝前の薬を少し増やしてくれた。でも、睡眠薬を増やすのはよくないというので、睡眠薬は相変わらずマイスリー10mg。今まで50mgだったセロクエルが倍量の100mgに増えた。

カウンセラーの先生は、それでも私を誉めてくれた。

「七海さんは、ダイビングという自分の好きで熱中出来ることで、依存しない、自分自身の足で歩ける人間になろう…そう思いつき、しかもそれを実行している。そして、その問題の彼に対しても『調子が悪いから、医師の判断を請うまで会うのは待って欲しい』ときちんと伝えることが出来た。それは素晴らしいことですし、前に進んでいますよ!」

そう言って貰えて嬉しかった。
主治医も言って下さった。

「七海さんは今の考え方で十分しっかりしているし、カウンセラーの先生と相談しながら、自分の判断でしっかりやれますよ。心配ないです。」

ここまで、魂の涙を流して一人ぼっちで暗闇を歩いて来た私。

そう、暗闇じゃなくて、陽の光の下で歩けるようになりたい。
誰かにおんぶされるんじゃなくて、でも一人ぼっちでもなくて。
自分の足でしっかり地面を蹴って、そして手を握ってくれる人と一緒に



2006/11/04/Sat 23:59:59  恋愛のこと/CM:2/TB:0/

§ 感動のストーリー

Iさんが話してくれた感動のストーリー。それは私に勇気をくれた。思わず涙が滲んでしまった…。

今日はちょっとお洒落な街で、結婚情報サービスを通じて紹介して貰い、メールをやり取りし続けてきたIさんと会うことに。Iさんは写真や電話の印象では、とても物腰柔らかで、大人しくて、礼儀正しく、反面ちょっととっつき難そうなイメージだった。

待ち合わせの改札で、Iさんを待っていると、近付いてきた人が。…紹介書の写真よりも全然素敵で感じの良いお洒落な人だった。まずはIさん行きつけのお洒落なカフェへ。後から知ったのだけれど、Iさんは若干人見知りらしく、カフェでは私が一方的に喋っている感じだった。まぁ、お喋りは得意なので、そういう時は頑張れる(笑)

後から、Iさんに「七海さんの話はとても面白くて興味を惹かれるし、話し方も上手いから、安心しました。それにとてもしっかりした考え方を持っていて、純粋に応援したいな…って思いましたよ。」と言われてほっとした。

カフェで一通り喋った後、しばらく街をのんびり散歩して、可愛い猫のストラップなんかを買ったりしながら、2人で歩いた。そうして話しながら、だんだんIさんも心を打ち解けてくれたようで、夜の帳も降り、BARで軽く食事をすることにした。

そこで、Iさんはとても衝撃的な話をしてくれた。Iさんはバスケットボールが大好きで、県内でもトップを争う、国体やインターハイの常連のバスケに強い高校に進学したそうだ。そして高校1年生の時、初めて試合に出させて貰えることになり「1年で出場出来るなんてお前だけだぞ!」と言われ、とても意気込んでいたという。それが、試合前日に膝のじん帯切断という怪我に見舞われた…。試合どころか、医者には「もう一生歩けなくなるかもしれない。」と言われた。

「自分は絶対に仲間と又試合をするんだ。」

Iさんは強くそう願ったという。そしてスポーツ選手等を診ている膝の専門医に手術を託した。でも、医者はIさんにこう言った。

「自分にはじん帯を繋げることしかできない。それでは歩くことがやっとだろう。でもあなたはバスケをやりたいというなら、それは自分であとは努力するしかない。」

Iさんは「仲間と試合をするんだ」という一心で、懸命にリハビリに励んだという。約2年間寝たきりで、歩くことも出来ない…けれど、ただ寝ているだけでは筋力が衰え、バスケに戻ることは出来ないと言われ、必死で上半身をダンベルなどで鍛えたという。そして、高校3年になる直前、学校から「このままでは進級は出来ない」と言われたIさん。「

「進級出来なければ、あの仲間とバスケはもう出来ない。」

その一心で、地面に着かない足を、松葉杖でかばいながら、必死で通学したという。やがて歩けるようになり、バスケ部に戻っても、Iさんは全体練習に参加は出来なかった。仲間達が体育館で練習をする中、Iさんはひたすら一人でグラウンドを走り続けていた。そして、仲間の練習が終わった、誰もいない体育館で、一人腕だけでシュートの練習をしていたという。

そんなIさんは、結局念願のインターハイに出場することが出来た。  「歩けなくなる」そう言われていたIさんが、僅かな期間で懸命にリハビリを重ね、再びコートに立てた奇跡。…それはIさんのリハビリや治療はもちろんのこと、何よりも「Iさんの強靭な精神力がなせる業だ」…私はそう思うと、感動して目頭が潤んだ。たった16歳でまさに彼にとって「死の宣告」に等しい言葉を言われ、へこたれなかったIさん…。術後10年間は検診を受け続け、最近ようやく検診を受けなくても良くなったという。

Iさんはその経験を、大したことではないかのように穏やかに話していた。おっとりしていて優しそうなIさんの奥底に、そんな精神力が眠っているとは…。

「それまで自分はスポーツは上達してこそ意味があり、試合に勝ってこそ意味がある…上達しないなら辞めてしまえ…そう思っていました。でも、この怪我を経験して、その間一番自分を励ましてくれたのは、辞めてしまえと思った対象の人達だったのです。そして、自分はこの怪我を乗越えて、色々人生観が変わったし、スポーツを楽しんでやる人達のことも理解出来るようになりました。」

Iさんの言葉に「苦しい思いをしたら、苦しんだ分だけ得るものもある。」そんな言葉を見出した気がした。Iさんになら、自分の心中を話しても無下に拒絶されないような気がする…私は何故かそう思えた。親やアドバイザーや知人からは「病気の詳しい話は相当親しくなるまで話すべきじゃない。」と口が酸っぱくなるほど言われていたのに。

だから、Iさんに思い切って病気のことを打ち明けた。

私には、この強靭な精神力が無いから、病気になったんだ。
Iさんのような崖っぷちから自力で這い上がった人がいるのに。


そうやって自分を責めてしまった私に、Iさんはこう言った。

「七海さんは精神力が足りないんじゃないですよ。そんな風に思わないで下さい。これは病気なんだから、周りの人達…七海さんを大切だと思っている家族、同僚、友達そして愛する人に助けて貰いながら、ゆっくりやっていけば良いんですよ。焦らなくて良いと思うよ。」

とても穏やかな口調に、不覚にも私は涙が出て来てしまった。16歳という若さで人生の修羅場を経験したIさん…。そんなこと、とても感じさせない、猫好きでおっとりした物腰の柔らかい人にしか見えない。でも、その「柔らかさ」は修羅場を潜り抜けた人間こそが得られる境地なのだろう。

「自分は医療現場で働いていることもあるし、病気というものに全く偏見はないです。病は責任感が強い人がなっちゃうんですよね。これから先、どんな形で付き合っていくにせよ、自分が少しでも力になれれば…と思いますし、出来る限り力になろうと思います。」

いつしか時計は22:30を回っていた。当たり障りの無い楽しい会話も良かったけれど、Iさんからは本当に貴重な話を聞けたし、Iさんの優しさ…そう、「苦しみを味わった人だけが持てる優しさ」を感じることが出来て、私の心はなんだかすごく温かくなった。

店が閉まり、すっかり人影の無くなった街を、Iさんと並んで歩いた。

「駅まで手を繋いでも良いですか?」

そのまま乗り換えの駅まで手を繋いで、Iさんは別れ際に私の頭を「よしよし」して御礼を言って改札の人ごみに消えていった…。

自分は焦るつもりは無い。でも、Iさんという人をもっと知りたいと思ったし、魅力を感じた。だからといって、けいちゃんやYさんの時みたいに突っ走るんじゃなくて、純粋に会うことを重ねてIさんという人を知っていければ良い。Iさんが言ったように、 「これから先どんな関係になったとしても、出来る限り助けになりたい。」 …そう。例えそれが友情でも、愛情でも、Iさんから得るものは大きい。そんな予感がした。

今日は、思いもかけない収穫の日だった。
久し振りに、心がほっこり温かくなれた。
私も病気を克服したら、人の力になれる人間になりたい。
そう、改めて思えた。

2006/11/03/Fri 23:59:59  病気のこと/CM:7/TB:0/

§ 帰って来たお喋りな私

今日は1月ともしかしたら12月にダイビングに一緒に行く予定の人と近所で会ってきた。「ちょっとお茶を…。」と思っていたくせに、私のお喋りは止まらず、結局は夕飯に焼肉をご馳走になってしまった。

その人とは実際に会うのは初めてだったけれど、共通の趣味があるということで、話が面白いように弾んだ。話はダイビング以外にも及んで、日本のマスコミについてとか、そんな話もした。

その人はダイブマスターのコースを受講していて、ダイビング歴6年で500本の超ベテラン!色々な海での色々な話を聞くのもとても楽しかったし「自分も少しでも追いつきたい!」というプラスの意欲が湧いてきた。

そして、その人は寄寓にも同じメンヘラー…。世の中狭いというけど、本当に狭い。まぁ、もっとも現在の日本では女性の4人に1人、男性の8人に1人が病というから、確率的にはそんなに珍しくないのかもしれない。

でも、その人がダイビングを通じて生き生きとしている姿を見ると勇気付けられる。私も大好きなダイビングを通して、自分のモチベーションをUPさせて「自分の足でしっかり歩けるようになる」…そう改めて思った。

でも、どんな人と会っても結局何時間もお喋りしっ放しの私…。根っからのお喋り七海は健在だってこと。なんだかすごく嬉しかった。人と目を合わせるのも怖かった七海はもういないんだ。

一時帰国している彼のこと、すっぱり断ち切れば、きっと前に進めるよ…。

確実に前進している。ゆっくりだけど、これでいいんだ。
2006/11/02/Thu 23:59:59  日々のつぶやき/CM:2/TB:0/

§ 身体症状から精神状態へ…でも負けない!

昨日はひどく具合が悪くて22:30に薬を大量に飲んで(ODじゃなくて1日の薬を一気に飲んだ)寝たものの、夜中に3回も目が覚め、夢を見続け、半分寝ているような半分起きているような浮遊感に苛まれ、結局朝起きたらちっとも寝た気がしなかった。

「例の彼」の帰国から、一度も連絡を取っていないのに、悲しいかな、ずっとこんな状態。とにかく診療日の土曜日までは持ち越そう。

というわけで今日はダラダラとパッキングをした。11月7日〜11日まで4泊6日で再び石垣島へダイビングに行く。もう今まで貯めて来た貯金を切り崩し続けることになるけれど、これは自分の「医療費」と思って割り切ることにした。ずっと家にいてダラダラとの波に揉まれながら、「依存できる相手」を捜し求めることは自分にとって良いはずが無い。

自分の足で歩くために、自分で「これをやりたい」「楽しい」「もっと前に進みたい」…そういう気持ちを作り出していくことが、きっと恋愛依存から脱してから脱却すること…。そう信じている。カウンセラーの先生にも後押しして貰ったし、入院したと思えばこういう出費もあり…そう考えることにした。

そう、「何かの時の為に」貯めて来たお金じゃない。自分の健康の為に使って、ちゃんと職場に戻れること…それが大事。

というわけで、ダイビングの機材をトランクに詰めたりしながら、ダラダラと過ごした。お陰で午前中は最悪だった精神状態も、再び浮上してくれた。

そう、不思議なのは「例の彼」のことは全く頭に無いので、精神状態の大きな悪化は無かった。それがこうも毎日身体症状が表れると、それがきっかけでになるのだ。から身体症状が出ることが多かった自分だけれど、逆もまたあるのだと再認識。

ただ、今までひどいの並を通り抜け、揉まれて、苦しんでいた自分。そんな私はそのままどん底までは落ちなかった。「パッキングをする」という行動で自分の精神状態をある程度コントロール出来た。身体症状はどうにもならなくても、精神状態を引き上げることで、それ以上悪化することは防げるかもしれない。

と上手に付き合っていくこともある程度必要。」

昔の主治医(産業医)に以前こんなことを言われた。その時は「の自分と付き合うなんて…一生付き合っていくのなんて嫌だよ。それなら死んだ方がマシだよ。」そう思った。でも、今は感覚的に「それが何なのか」少し掴めた気がする。

夜になって、1月に一緒にダイビングに行く予定の人に電話をして、その人は近所に住んでいるので、明日最寄り駅周辺の商店街でお茶することに。その後結婚情報サービスを通じて紹介され、メールのやり取りをしていたIさんという人から電話があって、金曜日に会うことになった。何気に予定が目白押し…。

無理しすぎるのは良くないけれど、明日は近所だし、家でウダウダしていると良くないからいいだろう。こうして休職していなかったら会うことも無かった色々な出会い。それは今後復職してからも「仕事以外の楽しみ」として付き合っていける仲間になるかもしれないし、パートナーにもなるかもしれないし、色々仕事をしていたら出来ないことを(無理矢理じゃなくて)やっていくのも、また「治療」の一環になると思う。

今まで私は職場の繋がりと、仕事ばかりに生きていた。もちろん仕事は大好きで、職場の人間関係にも恵まれていたから、それはそれで継続していけば良いと思う。でも、その外に「違う世界の楽しみ」を持つことは、また大きな支えになってくれると思う。

今は試行錯誤の時間。そう、色々やってみて、色々経験してみれば良い。…こうやって思えるようになっただけで、前進だよね。

どうか今晩は眠れますように…。


2006/11/01/Wed 23:59:59  日々のつぶやき/CM:2/TB:0/

§ 人酔い…「影」の影響

今日はエステ券が当たったので、久し振りに私の住む街でも屈指の大混雑地帯に行った。エステ券は当たっても、結局は勧誘の一手段に過ぎず、まず「カウンセリング」と称して馴れ馴れしい女性が、散々人の収入状態やら月に出て行くお金を聞きまくり、「今なら5回で9000円のキャンペーンをやっているので…。」と勧誘してきたが、財政状態を聴かれたのをこれ幸いと、「病気の治療費で大赤字。」ということを話して「復職したら来ますから。」となんとか交わして、フェイシャルコースなるものを受けた。あまり気持ち良くなかったのと、なにやら「超音波マッサージ」というので頭痛が起こって、2度と行くまいと思ったけれど、肌はお陰様で無料でプルプルのもちもちになって、上手い具合に得をすることが出来た。

帰りにダイビングに行くための水着を購入。海とリゾートが大好きな私は海外で購入した10着近い可愛い水着を持っていたのに、18kgも体重が減ったことで、それらが全て着られなくなってしまった。というわけで、現在手元にあるのは夏の終わりに買った1枚だけ。さすがに冬は水着が生乾きで着たら寒いので、もう1枚買うべくデパートへ。3枚試着して1枚を購入。

そんなこんなで、人混みで長居し過ぎてしまった…。帰宅するバスの中では居眠り。危うく自分の下りるべきバス停を乗り過ごすところだった。そして帰宅と同時に割れるような頭の痛み…。

「きたよ…。」

と思った。朝食以来全く何も食べていなかったので、とりあえず夕飯をむさぼる…。これが良くなかったのだろう、吐き気も出てきて、めまいに襲われた。もう立っていることもままならず、辛うじて顔を洗うだけ洗って、昼食後と夕食後そして就寝前の薬とサプリメントを一気に飲んで倒れこむようにベッドに入った。

海外から例の彼が一時帰国して来た日から、調子がおかしい。頭では何も考えていないのに、身体反応が顕著に表れる。この数ヶ月間無かった症状が身体にだけ表れて、自分でもどうしようも無いだけに、不条理な話だが、彼への憎しみが募る。

「彼さえ帰ってこなければ、帰ってくるなんて連絡してこなければ、こんな苦しい思いしないで済んだのに。」

そう思えば思うほど、日に日に身体反応は強くなっていく。来週はダイビングに行くのに本当に大丈夫だろうか?不安が過ぎる…。

けいちゃんに振られ、Yさんに捨てられ、痛い思いをいっぱいしていたけど、彼に対する反応は違う。「生理的嫌悪」とでも言えば良いのだろうか?彼が近くにいるという状況が、知らないうちに私を恐怖に陥れている。結果精神的な落ち込みは無いのに、身体症状だけが強く表れる。

これはボーダーの私が戻ってくること」への嫌悪感なのかもしれない。早く彼を断ち切りたい。過去の私も…。

通院日は土曜日…それまでずっとこうやって苦しむのだろうか?
もう、勘弁して欲しい…。



2006/10/31/Tue 23:59:59  日々のつぶやき/CM:2/TB:0/

§ いっぱい笑った一日

昨日はいっぱい笑うことが出来た。結婚情報サービスで紹介してもらって、2週間ちょっと前からメール交換をしているSさんと、初めて会った。Sさんの住んでいる街は、私の祖母が住んでいて、私にとっては幼い頃から馴染んだ街でもある。

13時に待ち合わせて、Sさんを待った。結婚情報サービスから送られてきたSさんの写真は「身長178cmトム・クルーズ似の美男子!」←母いわく「田舎っぽい宍戸開」だそうで、私の目はおかしいらしい(苦笑)実際私に近付いて来た人はトム・クルーズじゃなかった!宍戸開でも無かった!声をかけられて「どうも…」って言っても「トム・クルーズは何処?」としばし事態が把握できない私(苦笑)ごめんね、Sさん…写真写り良すぎです。ま、自分もかなり写真写り良い方だけど、Sさんにはかないませ〜ん!

Sさんの服装はお世辞にも素敵とは言えないような服装だったけど、男性は服装なんかに無頓着な方が、変に気構えなくて気楽で良いともいえる。女性はまぁ、みんな大抵お洒落にある程度興味を持っているから、他人のアドバイスも結構聞き入れたりするけど、私の経験上、男性でバッチリお洒落している人って、自分の思う格好しかしないし、他人の意見を聞き入れない傾向が強い気がする。…だから「ま、いっか。」って思うことにした(笑)

Sさんの住む街は、私は幼い頃からよく通っていた街。当然お店なんかも詳しいから、私の知っているイタリアンのお店へ。Sさんはメールではあまり話さない…というか、割とぶっきらぼうで挨拶なんか抜きで唐突な内容を書いてくる人だった。美術系の大学を出ていて、今でも絵を描いているというから、もしかして偏屈なタイプかな?と思ったけれど、実際会って話してみるとSさんはとても気さくで、色々なことに興味を持って、常に邁進しようとしているとてもお喋りで明るい人だった。

私もお喋りだから、話は尽きない(笑)イタリアンのお店を出てドトールに。Sさんはすごくダイビングに興味があるようで、私のダイビングや海外での話をすごく羨ましがって聞いていたし、「是非ともダイビングをやる!」と意気込んでいた。元々ダイビングをやりたかったところに、実際ダイビングをやっている私と出会って、「潜りたい病」に火が付いたようだ(苦笑)こういうことって、やりたくてもキッカケがないと、中々重い腰が上がらない…それは良くわかる。

それから、Sさんが鹿児島の「特攻隊記念資料館」に行った時の話、そこで受けた衝撃や、是非そこには行くべきだというような真面目な話にもなった。私もこの資料館については以前TVで見て、また特攻隊員の遺書を本で読んで、是非とも行きたいと思っていたので、その話を詳しく聞いたりした。明るいだけでなく、こういうところもきちんと考えを持っていることに好感度UP!

それから話はSさんの住んでいる街…私が幼い頃からずっと通っていた街…の話や、Sさんの両親が移住して住んでいる場所が私の母の出身地に近いので、そんなローカルな話でも盛り上がったりした。

ドトールを出てから、街をぶらぶらしながらも、とにかく話は止まらない(笑)お喋りな男女が一緒にいると、本当に何か見る暇も惜しんで喋ってしまう。その辺の感覚が同じって嬉しい。やっぱりいくらお喋りな私でも、話したら反応を返して欲しいし、その反応が大きければ自然と会話も弾む。行きつけのドイツ・パンの店でパンを買って、それからデパートで冬物のバッグを購入。ひと目見て「コレ!」ってピンと来るバッグをみつけたため、即購入。でも、そんな間も話は一向に尽きることは無く、とにかく「話しながら移動しているだけ」状態になった。それから我が家の猫の洋服をいつも買っているお店にSさんを連れて行ったら、Sさんがうちの猫に可愛いハロウィンの洋服をプレゼントしてくれた。Sさんも猫はじめ動物が大好きみたいで、店に来たトイ・プードルを物凄く可愛がっていた。そんな姿が、動物大好きな私にとっては微笑ましい。

買いものも一通り終えて、すっかり夜になったので私の行きつけのインド料理屋に行くことに。そこでもとにかく話は尽きない尽きない…。Sさんとは、メールでは主にダイビングとサッカーの話をしていたから、その位しか趣味は合わないかな?と思っていたけれど、実はSさんも大の動物好きみたいで、そんな話でもすごく盛り上がったし、お化け屋敷生きたいとか、そんな話も合った(笑)とにかくお喋りな男女が一緒にいると時が過ぎるのって、あっという間。遂にインド料理屋を追い出されて、Sさんの車で私の家まで送って貰うことに。

で。我が家の前に到着したはいいけれど、話は尽きない。特に、私がランチに誘ったメールが行き違いになって、お互い話がかみ合っていなかったことなんかが分かって、お互いからかい合いながら久々にお腹が痛くなるほど笑った。気が付いたら2時間位家の前に停めた車の中で馬鹿笑いしながら喋っていた…。日付もとっくに変わって、あまりに私の帰宅が遅いので母が心配して電話をかけてきた位…(汗)

こんなにお腹の底から笑ったのは久し振り。
「笑う」ってこんなに良いことなんだなぁ…そう思った。


「結婚」を急ぎすぎて相手の本質を見れなかった前回のYさんとの失恋。今度はゆっくりお互いこうして話したり、会ったりしながら、まずは友達として一緒に笑い会える関係から始めよう。それでパートナーとしては合わなくても、友達としてだって良い。もしかしたら、パートナーになれる…と思えるかもしれない。それはこの先お互いを知り合いながら、ゆっくり「感じ取って」いけば良いこと。

Sさんからメールが来た。

「こちらこそ長い間ありがとう。とても楽しかったです。僕の方からは中身の足りない話ばっかで、でもいろいろ聞けて良かったです。これからも少しずつでも前進し、いろいろ聞けたら、また話せたらいいなと思います。」

そう、色々聞いて、話せたらいいな…私が思うことも同じ。
ちょっと色々あって凹み気味だったけど、Sさんと話して心の底から笑えて、本当に良かったと思う。人と接したり、笑ったりすること…何気ないことだけど、大きなストレス解消になるな…お喋りな私は思った。

SさんはYさんみたいに女性の扱いも上手じゃないし、自分を飾らない人に見える。そういう方が、私も気軽に素の自分を出せて、自分の変なところとかを面白おかしく揶揄しながら話したりも出来る。

「素のままの自分を曝け出せる相手」…それは友達でも恋人でも、とても素敵な関係だと思う。そう、私も気取らずに、自分に自信を持って進んで行こうよ。焦らず、ゆっくり、のんびりと。

マイペースが七海の得意技でしょ!



2006/10/30/Mon 04:01:37  日々のつぶやき/CM:4/TB:0/

§ ボーダーのアタシが帰ってきた

今晩帰国したであろう、海外在住の例の彼の話。彼とは昨年6月に彼が勉強の為に滞在している国に戻ってから、私が今年の2月に手紙を送るまで、彼からはメールも何も来なかった。彼は元々淡白な人で、付き合っていた頃から「電話は嫌い」といって、一度たりと自分の意思で向こうから電話してくることも無いような人だったから、彼にとっては普通のことだったのかもしれない。また、彼にとって「私を刺激しないこと」が彼なりの「愛情表現」でもあったのだろう。

昨日の記事に書いた通り、彼に会わずに、彼の荷物と一緒に「もう人生のパートナーとして考えられない。会えない。」と理由も書いて、手紙を同封しようと思っていた。

自分では彼のことは「会わない」と決めて、頭に無かった。今日出かけること、どんな服装で行こうか…そんなことで頭がいっぱいだった…はずだった。

けれど、案の定身体反応が出てしまった。眠剤飲んでも眠れず、寝たのは相変わらず午前4時半を回っていた。それどころではなく、頭が割れるかと思うほどひどい頭痛に悩まされ、終いには彼の夢を見てしまった。

何故か彼と2人でとある国(昔私が彼に出会う前に住んでいた国で、彼の行ったことの無い国)でホームステイをしていた。だが、その家に同じくホームステイをしていたロシア人の女の子と彼が親しく話していてたのだ。そのことに激怒した私は、彼を詰り、彼の誕生日パーティーに自分だけ出ないで、ヘッドで一人泣いていた。よく覚えていないが、彼と口論していた様に思う…。

夢の中の自分は「見捨てられ恐怖」から来る異常な束縛欲を持ったボーダーの七海だった。彼の存在が私のボーダーの記憶を呼び覚ましているのだろう。

とりあえず、医師とカウンセラーに相談するまで、行動は控えることにしようと思った。身体反応は心のSOS…自分で想像しているよりも、実際は私の心が受けているダメージは大きいんだということ。

彼には「今は状態が悪いので、医師に相談してから改めて連絡します。」とメールしようと思う。

あんな夢を見て、彼にもう愛情は無くなったはずなのに、「束縛欲」だけが残っている。愚かな自分に吐き気がした。彼の全てを忘れるって決めたはずだったのに…。


2006/10/29/Sun 23:59:59  病気のこと/CM:2/TB:0/

§ 衝撃と前進の狭間で

中途半端な状態になっている例の彼の帰国のことで、いつもお世話になっている某SNSのメンヘル系コミュニティーの何人かの方から、アドバイスや励ましを頂いた。その励ましやアドバイスのお陰で、今はせっかくダイビングという「希望」を見出し、頑張って前に進もうとしている自分を、状態に逆戻りさせるようなこと…つまり彼に会うこと…は避けようと思った。

彼に送る荷物の中に手紙を入れる。昨日の記事で書いたようなことを書き綴り、「彼のことは素晴らしい人間だとは思っているけれど、人生のパートナーとは考えられない。」そう書こうと思う。なんだか、私がけいちゃんやYさんに言われたのと同じ言葉だ…そう思って苦い思いがした。

同時に、けいちゃんとYさんが私に関して感じていた気持ちが分かった。「今まで七海ちゃんに言ってきた言葉は全て心の底から出た言葉だよ。今も七海ちゃんは俺にとって大切な人に変わりはないよ。だから大切な友達だと思っているけど…。」そう言葉を濁したけいちゃん。「七海のことを嫌いになったとかじゃない。七海に今まで伝えてきたことはみんな素直な俺の気持ち。ただ…合わなかった。縁がなかった…それだけだよ。」Yさんが言った言葉。

その時は「どうしてハッキリ嫌いだって行ってくれないの?別れたいってハッキリ言ってよ!自分が悪者になるのが嫌だからそうやって言葉を濁すんだ。私に諦めきれない想いを残させたまま去っていくんだ。」そういう風に恨んだ自分がいた。

そう、確かに「自分が相手を振った悪者になりたくない。」そういう感情は深層心理にはあるだろう。でも、 「相手を嫌いになったわけじゃなくて、一緒に過ごした時が楽しかったことは事実で、特別な存在であることも変わらない…だけど一生を分かち合うには合わない部分が多すぎる。」その気持ち、自分が感じて初めて分かった。そう、けいちゃんやYさんが私に対してそれしか言わなかったのは、それしか言えなかったのだろう。

人は傷つけ、傷つけられ、「恋愛の法則」をなぞりながら、成長していくのだろう。いや、成長しないかもしれない。恋愛というのは、答えの無いものだから…。だけど傷つけられたことが無かったけいちゃんと別れるまでの私みたいな人間は弱いし、だから平気で人を無下に振ってきた。振られた痛みを知っているからこそ、強く言えないこともある…そんなことを、ふと思った。

彼に送る荷物をまとめたり、手紙を書く気力が湧かない…。明日の夜、彼は電話をかけてくるだろう。着信拒否する…しかないのかな。母に手伝って貰って、荷物をまとめよう。彼の着ていた洋服や、使っていた日用品を見たら、そして別れを告げる手紙を書いたら、例え彼に会わなくとも、私の心はダメージを受けるだろう。

実際に、彼のことがあってから今日は頭が割れるかと思うほどのひどい頭痛に見舞われた。昼寝もしてしまったし、今朝は4時まで眠れなかった。頭では考えていないつもりなのに、身体反応が出てる。

私の頭に、カウンセラーの先生の言葉がよぎった。

「じゃぁ、七海さんが最も傷つかないで済む方法を考えてみましょう。どうやって考えれば、七海さんのショックを最小限に抑えられるか、考えてみましょう。」

そうだ、考えてみよう。

「もう決めたことだし、終わったことなのだから、このままずるずる引きずるよりも、お互いの為にハッキリさせた方が将来の為に良い。」「これで彼も私から解放されて、自分だけの人生を歩んでいけるだろう。」「彼から受けた心の傷を、この段ボールの中に閉じ込めて、この家から出してしまうんだと思おう。」

私が考え出せたのは、このくらい。先生、どうでしょうか?

結婚情報サービスから紹介されて、2週間以上メールのやりとりをしている男性を、思い切ってデートに誘ってみた。全然向こうからお誘いがないから、しびれを切らして自分から誘ってしまった。

だって、けいちゃんやYさんの時みたいに、メールだけで勝手に相手を自分の「理想像」に作り上げて、変な先入観を持ってしまって、同じ失敗をするのが嫌だから。会える時に会って、遊びに行ったり、友達の関係から相手のことをゆっくり知っていきたいと思うから。だからあまりダラダラとメル友だけの関係を続けたくはなかった。

逆に肩肘張らずに、「どんな人かな〜?」という程度の気軽な感覚で会う様に心がけようと思う。

暴走するなよ、七海。
失敗は糧にしていこうよ。
もう傷つかなくて良いよ。
七海はいっぱい傷ついたから…。

自分で諸刃の刃を握り締めて魂の涙を流したから。
これからは傷つかないで生きていこうよ。
人生それでも傷つくこともあるかもしれない。
だけどこんなに苦しまなくて良いようにしていこうよ。



2006/10/28/Sat 23:59:59  恋愛のこと/CM:2/TB:0/

§ 衝撃のメール

今日は美容院にやっと行かれた。けいちゃんと初めて会った【7月13日】から実に3ヶ月以上行っていなかった美容院。でも、高校時代から通い慣れた美容院だったので、特にもうその場所に行ったからといって、けいちゃんのことを思いだしはしなかった。帰りにいつも立ち寄る店で洋服を買ったりして、帰ったらもう辺りはすっかり夜の帳が降りていた。

遅い昼食を食べて、11月と12月のダイビングの予定なんかを決めるためにネットサーフィンをして、ふとメールが来ていることに気付いた。

それは衝撃のメールだった。

実は、すっかり失念していた(というか連絡を貰っていなかった)ので、頭からすっぽり消えてしまっていたのだけれど、例の関係が曖昧な状態になっている元彼が現在博士課程に通うために住んでいる国から、日曜日(多分)に一時帰国するようなのだ。突然このようなメールが来た。

「明日、出発しますよ。月曜にでも、会いに行こうと思うけれど、七海さんの病院の予定とかはどうなっているのかな?では日本で。」

彼の件については主治医から「彼の帰国が近付いたら考えましょう。」と言われていて、自分でも考えないようにしていた。で、彼も帰国について何の連絡もしてこなかったから、「11月半ばの学会に合わせて帰国する」ということしか知らなかった。まさかもう帰国してくるとは…。思ってもみなかった。彼にメールで「もう彼とは付き合えない」と言うことを伝えるきっかけも無くなってしまい、正直この突然のメールに激しく動揺してしまった。

Yさんと別れてしまい、精神的に弱い状態にある今、彼に会ってしまえば、また自分の理性とは裏腹に彼に頼りたい気持ちが出て来てしまうような気がして、とても恐ろしい。ましてや彼に会って「別れ」を告げるなど、今の自分にはとても出来ない…それがきっかけでになるのが目に見えている。自分勝手な話だけれど、彼とはもう付き合えないと分かっているのに、彼に別れを切り出せない弱虫の自分がいる。

そして、彼は変わらず今も私を愛し、私を生涯のパートナーになる人と信じている…。

主治医に「彼の帰国が近付いたらもう一度考えましょう」と言われていたが、あいにく診察もカウンセリングも1週間後…。それより先に彼が帰国してきてしまう…。

彼はいわば自分のがひどくなり休職をしたきっかけなのだ。だから会うことや電話で話すことで、自分がおかしくなってしまうのではないか…。そういった恐怖に駆られてしまう。

とりあえず彼にメールした。

「 東京にはいつ到着するのかな?私は月曜はマッサージ、火曜はエステ、土曜は病院です。いつ会うかは…ちょっと今家では会えないと思うので、考えておくね。」

これしか、書けなかった。「会いたくない。」とは書けなかった…。彼から返事が来た。

「東京には日曜の晩につきます。負担にならないときでいいからね。では、日本についたらまた連絡します。」

正直電話で話すのも嫌だ…怖すぎる。こんなの自分勝手だと分かっているけど、そもそも私のが職場に行かれなくなるほどひどくなったのは、去年彼が一時帰国したことがきっかけだったから。

彼(日本人・31歳・博士課程学生)とは4年前に出張先で知り合い、海外在住同士で遠距離恋愛を1年半、その後日本に帰国して1年間遠距離の関係を続けた。私のボーダーの症状がひどかったこともあり、何年間も離れ離れで会えない彼との関係に「自分に彼がいるという実感が全く湧かないこと」そして性格の不一致、彼の性的な問題行動などにより、私の中で「彼に対する嫌悪感」が増していった。

昨年5月に彼が一時帰国した際に、彼の両親と私の両親をまじえて会食をしたことがきっかけで(私は恋愛ボーダーに加え、過去の経験から相手の家族に対する嫌悪感や恐怖感というトラウマを抱えていた)、ひどいになり1ヶ月間食事もとれず、全身に蕁麻疹が出来て、結局仕事に行かれなくなり、休職することになった。その後彼とは半年間全く連絡を取らず、その後月に1回位の割合で短いメール交換をしていただけ。

彼とはずっと遠距離恋愛だったけれど、その代わり世界中を一緒に旅行して、沢山の思い出も作ってきたし、彼には彼の良いところがあり、また彼の条件は私の求める「理想」にはピッタリ…でも、彼をもう愛することは出来ない。

それは、まず第一に彼は「離れ離れ」であることを苦にしない。一人暮らしで病になった私は、「常に側にいてくれる誰か」を求めている。でも、彼は決して曲げられない「学問の追及」に没頭し、私の側にはいてくれなかった。

そして彼は人間関係の構築が非常に苦手で、口数も少なく、自分の意見を決して言わない。そのくせ、自我がすごく強くて、決して自分を曲げない。思ったことは全て口に出してしまい、コミュニケーションに重点を置く私とは大違い。今まで彼の意思で彼から電話を貰ったことは、1度もない…。これって、普通じゃないよね?

そんな彼は、私の病気を理解し、応援し、励ましてくれている。そのことは分かっているけれど、私に「言葉」では伝えてくれない。私は辛い時に、特にになった時に、ぎゅっと抱き締めて「大丈夫だよ。七海は悪くないよ。病気が悪いんだよ。」と包み込んでくれるような人を望んでいる。彼は私の病気を分析し、理論で解こうとする…そう、典型的な「学者タイプ」。でも、私が欲しいのは単なる「温もり」…。

それから、彼とは性的な部分でもうまくいかない。彼はED。それでも、お互いに夢中だった時は、愛情でカバー出来ていた。彼は「七海が幸せな気持ちになれることが僕の幸せだよ。」と言ってくれた。でも、私は彼が感じることが出来ないことに負い目を感じていて、治療して欲しいと彼に言った。でも、彼はこう答えた。

「いいよ、別にそんなことしなくても。」

私はこの言葉にショックを受けた。「セックスは愛情を高めあう手段のひとつ」そう思っていた私は、彼がそれを「そんなこと」と言い放ったことにショックを受けた。結局彼は薬を使ったけれど、その行為はもう「愛情を高めあうもの」から逸脱していた。

彼は私が初めての彼女だった。だから当然性に関する知識も無かったし、キスの仕方すら知らなかった。それは問題じゃない。ただ、問題なのは、彼の頭にある「性の知識」は全てアダルト・サイトやアダルト・ビデオや雑誌から得た情報…。そんな話を何故か私に常に話す様になった。例えば「わざと妻を他の男と寝かせて、ゴム無しで射精させて、それを掻き出しながらやることに快感を覚える人がいるんだよ。」とか、そんなどうでも良い話をその度にする…。私は段々不快感を覚えるようになった。

そして、例えば台所にいる時、居間にいる時、何気ない普通の話をしている時に、突然勃起した局部を見せてきたり、性行為の真似事のようなポーズをしたりした。私にはそれがだんだん苦痛になっていった。

さらに、彼はMで「叩いて欲しい」とかそういうことも言った。なんだか全てアダルトビデオか何かをそのままなぞっている様な気がして、私にとって彼との「性」に関する時間は、「愛情を高めあう時」ではなく、「耐え忍ぶ時間」になってしまった。

やがて私に「性」に対する嫌悪感が湧いた。

最後に、最大の理由とも言えること。私は今は休職しているけれど、世の中の多くの人間の様に「組織」で働き、嫌なことも乗越えながら「社会人」として生きてきた。でも、彼は「自分はネクタイを結ぶような仕事は出来ない。」「自分は組織で働くことは無理だ。」と開き直ったように言う。じゃぁ、この世の全ての人間が、果たして「組織で働きたい!」と心底思って働いているのだろうか?私は…違うと思う。組織で働くのが向いていなくても、ネクタイにスーツなんて格好で仕事したくなくても、皆お金を稼ぎ、将来設計を立てるために働いている…。

でも、彼はそれを否定する。「自分は結婚しないし」…とか、子供みたいな屁理屈を言って、自分の道を貫き通す。研究をすることが悪いわけではない。ただ、そういう「組織で働く人間なんかに絶対なりたくない。」と、ある意味組織で働く社会人の苦悩も知らずに凝り固まった考え方を持っているところ。それが私の一番耐えられないところかもしれない。

偏見かもしれないけれど、組織で働いたことの無い研究者などは偏った考え方をしている人が結構いる。それは、組織で働いていると「自分の意思や希望」は叶わないことが多いし、上の命令で不本意なこともやらなければいけないし、自分が悪くなくても謝らなきゃいけないこととか、沢山ある。そういう経験を経て、ある意味人間は社会人として視野の広い人間に成長していくのだと思う。ところが、そういう「苦境」を避けて来た人間は、自分の考えに固執して、それが叶わないなら「別にいい」とすっぱり切り捨てる傾向にあるように思う。彼にはそれが顕著なのだ。

そう…私は彼を「ある日突然何の理由も無く嫌悪するようになった」と思って自分を責めていたけど、彼を愛せなくなった理由はこんなにも沢山あったのだ。それが溜まりに溜まって、ボーダーの症状とごっちゃになって噴出したから、最初は「理由」が見えなかっただけ。

ただ、このことをどうやって彼に伝えれば良いのか、思いつかない。彼は決して悪い人ではないし、とても誠実で優しく思いやりのある人でもある。思いのすれ違いはあったけれど、今の今まで私を待ち続けて、帰国して真っ先に私に会いに来ようとしていた彼…。

どうしたら良いのだろう?

今、私にはパートナーがいない。もしいたら、また違っていたかもしれない。素直に自分の思いを告げ、新しいパートナーがいるということを言えば良いだけ。自分の心が動揺しても、愛する存在がいれば揺らがないだろう。

でも、一人ぼっちの私は、彼をひと目見たら、上述のようなこと全て忘れて、寂しさだけで彼に擦り寄ってしまいそうな気がする。この点で私はものすごい脆弱だ。彼の目を見ながら、ここに書いた事実を話すなんてこと出来ない。

なんで今帰ってくるのだろう…。

このままうやむやな関係でほったらかしにしておきたかった。物凄い自分勝手だけど、今必死でから自分を引きずりあげている自分にとって、彼の存在は藪から棒だ。

彼の衣類や日用品が私の家に沢山ある。

彼の実家に送ってしまい、メールで別れを告げようか?でも、それは、4年間私を信じてくれた彼にとって、あまりにもひどい仕打ちではないか?少なくとも自分が逆の立場だったら…想像するのも恐ろしい。

自己・ボーダー・彼 その狭間で私は彷徨っている。
嵐の中のちっぽけなボートみたいに…。
いずれにせよ、波に飲まれてしまいそうで怖い。




2006/10/27/Fri 23:59:59  恋愛のこと/CM:2/TB:0/

§ モチベーションUP!

今日はモチベーションUP!Yさんとの失恋をしてから久々に通院以外で外出が出来たこと。そして帰宅してPCを開いてメールをチェックすると、なんとTOYOTA FIFA クラブワールドカップの12月14日に開催されるFCバルセロナ戦の観戦チケットの先行抽選販売で見事チケットが取れたという通知が!

休職して引きこもりになって家から一歩も出られなくなった私の支えになってくれたサッカー・ワールドカップ以来、元々好きだったサッカーをますます良く見るようになった私だけれども、自宅でリーガ・エスパニョーラ(スペイン・リーグ)が見れるため、中でもロナウジーニョ(ブラジル代表)やメッシ(アルゼンチン代表)デコ(ポルトガル代表)などのスター選手を多く抱えるFCバルセロナの華麗なプレーに魅了されて、すっかりバルセロニスタ(バルセロナ・ファン)になった私。そんな私にとってはなんとしても見に行きたかった試合。…しかし世界No.1クラブと言っても過言ではない(個人的には)FCバルセロナの試合…チケット入手も大変だろうと半ば諦め半分で応募していたので、まさかチケットが取れるとは…。これは大きな嬉しい出来事になった。

早速スペインのサッカーショップにユニフォーム(#10 ロナウジーニョ)と帽子を注文して、12月が楽しみで仕方ない。生でFCバルセロナの試合が見れるなんて、これぞ「棚から牡丹餅」(買った牡丹餅だけど)という感じで、久々に嬉しい出来事。サッカーといえば別れたYさんはサッカー大好きで、自分もサッカー・チームで活躍していて、FCバルセロナのファンでもあった。けど、そんなことはもうどうでも良い。さすがにYさんに振られた直後はサッカーの試合を見ると切なくもなったけれど、サッカーが好きなのはYさんの影響でもなんでもなくて、元々の話。素直に喜ぼう…そう思えた。

試合のある12月14日はおりしも私の誕生日の翌日!今年こそ素敵な誕生日プレゼントになったと思う。

         

そんなことで興奮気味の七海だけれど、今日は何もサッカーのチケットが当たっただけではなくて、色々良いことがあった。それは以前の日記に書いたように、

「誰かに依存しないで自分の力で自分をから引っ張りあげることこそが大事なんだ。自分の足であるくのはそういうことなんだ。」

そう思えたことに由来する。今日はカウンセリングだったのだけれど、カウンセラーの先生がそのことをすごく誉めて下さった。

「そうやって自分の力で、しかも辛い失恋からたった1週間で思うことが出来たのは素晴らしいですよ。」

そして私の前には「自分を引き上げる手段となるダイビングに一緒に行ってくれる母を説得する」という課題が残り、それをいかに自分にダメージを与えないでやれるか、カウンセラーの先生と色々と試行錯誤した。私は上述の様に素直に母に説明して「それならなんでもっと早く言ってくれなかったの?」と責められるのが怖かったので、さり気なく「毎日々として家にいるのも良くないから、ダイビングに行きたい。」と提案してみることにした。そしたら母は了承してくれるだろうと思っていた。

カウンセラーの先生は、万が一母が「どうして言ってくれなかったの?」と責めるような発言をした時に「どうやって考えれば自分を傷つけないで、責められたと感じないで済むか」ということを私に考えるよう促した。私は色々考えて「母も歯痒い思いをしていたんだな。」「母も私の力になれて嬉しく思っているんだな。」と思うこと…という結論を出し、カウンセラーの先生の後押しで母の待つ車に向かった。

今日はカウンセリングの後、映画に行く予定だったので、母が病院の側まで車で迎えに来ていたのだ。映画館へ行く道すがら、母に思い切ってダイビングの話を切り出した。

「家で毎日々としていると、は治らないし、ダイビングに行きたいと思うんだ。」

私は母がどう答えるか身構えた。答えは、意外だった。

「ダイビングも良いけど、それは一時的なことでしょう?それじゃぁ、その場限りになってしまうんじゃないの?」

母はダイビングに行くことに難色を示した。そこで私は思いきって自分の考えをさらけ出してみた。

「誰かに依存しないで自分の力で自分をから引っ張りあげることこそが大事なんだと思って。最初の主治医が『あなたはやがて自分の足で歩いていくんですよ』って言っていた。それは、今までのような恋人に依存した回復じゃいけない。それじゃぁ、いくら相手とうまくいっても、喧嘩したり行き違いがある度にになってしまう。そして、自分にとって自分を引っ張る原動力になるのはダイビングか海外旅行。海外旅行はさすがに無理だから、ダイビングをしたい。それも、その場だけじゃなくて、スキルアップして、その先にまた行こう、もっとレベルアップしたい…そういった前向きな原動力を作るきっかけに出来るから、ダイビングに行きたい。」

自分の考えを母の前で話すことは怖かった。それに対する反応が怖かったのだ。否定されるかもしれない、責められるかもしれない、逆に母が母自身を責めるかもしれない…色んな思いが交錯した。が、母の反応は意外だった。

「七海の口からその言葉が出るのを待っていた。本当に嬉しい。苦しんだ日々はやっぱり無駄じゃなかった。それならいくらでも一緒に行くわよ。」

母の口調は穏やかだった。私の心に安堵が広がると共に、純粋に嬉しかった。

苦しい日々は決して無駄じゃなかった。

そう、その一言が、長い長い真っ暗なトンネルを魂の涙を流しながら、手探りで歩いてきた自分にとって、どんなにか心強かったことだろう。言葉だけでも何の意味も無い。「今ある現実」があるからこそこの言葉が心に響いたんだ。そう思った。

自分の足で歩くこと…それは全てに繋がる。この先、恋愛でも、仕事でも、人生でも、必ず行き詰る時はやってくるだろう。その時に再びの谷底に滑落しない為に必要なもの…それこそが強靭な自分の足なんだと思う。

それを手に入れるには、まだまだ時間はかかるだろう。でも、ここまで気付けただけで良いじゃない。

明日は航空券とホテルの手配だ!

これだけ苦しんだんだから、もういいよ。
もうこんな人生いらない。
もう十分だよ。
そう、苦しまない人生を送ろうよ…。



2006/10/25/Wed 23:59:59  病気のこと/CM:2/TB:0/

§ 中層を彷徨う感覚

今日の精神状態は可も無く不可も無く。決して上向きではないけれど、すごいひどい状態でもなく…。外に出る用事も無く、相変わらずのの過眠がひどくて目覚めたのは午後1時…。

ネットサーフィンにTVを見る…。何もしない1日。本家ブログをいじることが出来なくて、ほったらかしたまま。明日辺り少しいじれるかな…と思いつつ、結局朝起きたらやる気が萎えてしまうのかな…と思う。

正直こういう状態の時が一番困る。せめて天気が良くなったら美容院に行こうと決めている。最後に美容院に行ったのは、けいちゃんと初めて会った記念日【7月13日】…。もう3ヶ月も経ってしまった。あの日はけいちゃんが美容院の前まで迎えに来てくれていて…そんなことを思い出すと悲しくなるから、美容院に行けずにいたのかもしれない。

一昨日けいちゃんにメールを送ってしまった。最近メールしても一向に返事をくれなかったけいちゃんから、珍しく返事が来た。「元気だよ。」…それだけのメールだったけど、けいちゃんが元気だと言うことを知れて、嬉しかった。けいちゃんが、元気で、幸せでいてくれさえすれば良い…そう思えるようになった自分がいる。

今はただ、リスカした私を、仕事を放り出して迎えに来てくれた、あの時のけいちゃんの優しさだけがありがたい。けいちゃんは優しい人だったと思う。でも、私とは結ばれない環境にあった…ただそれだけ。けいちゃんに貰ったものは、失わない…。

なんだかもやもやしている。狭い空間で、何を待つでも無く、何を失うでもなく、中層を漂っている自分の魂…。

希望も無いかわりに絶望もない。
生きる意味も無いかわりに死ぬ理由も無い。
笑うことも無いかわりに泣くことも無い。
進むこともないかわりに戻ることも無い。


感情の抜け落ちた抜け殻のような自分がここにいる。

私は何に向かい、何をすれば良いのだろう…。

「仕事復帰したいんでしょう?じゃぁそれに向かっていきましょう。」

主治医の言葉が頭をよぎる。
でも、具体的に何をすれば良いの?

私の頭の中はからっぽ。
夏の終わりにみつけたセミの抜け殻のよう。
苦しみの果てに待っているのは…そう、感覚の麻痺。


このまま家にいたらダメになってしまう。
それだけは何故か感じる。



2006/10/24/Tue 23:59:59  日々のつぶやき/CM:2/TB:0/

§ 海から見上げた空

パラオの海

Photo by (c)Tomo.Yun

海に行きたい…。

今日、父が単身赴任先から帰ってきて、突然「お正月にサイパン行かないの?便乗しようと思って。」と言い出した。残念ながら休職中の身である自分は、さすがに海外旅行をするのは気が咎める。普通の病気と違って、心の病は「好きなことをやって自信を得る」ということは治療の一環であり、とてもプラスになるということは主治医も言っている。それでも、やはり休職させて頂いている身で、海外に旅行に行くというのは、どうしても自分自身が受け入れられない。行きたいのは山々。飛行機に4時間も乗れば、そこは常夏の海、珊瑚礁の楽園が待っているのだから。私を何回も「死の淵」から引きずりあげてくれた楽園の海が、あそこにはある…。

でも、心に後ろめたさを抱いたまま旅行するなんて、自分にとって良いわけ無い。

それで「11月に沖縄にダイビングに行かない?ライセンス取ってしまえば?」と父に言った。晩酌でほろ酔い加減の父は「いいねぇ」と言っていた。まぁ、父のことだから、ころっと考え方が変わってしまうし、酔っている時に出た言葉だから、本当かどうか分からないけれど。

ただ、その言葉で私の心は少しだけ上を向いた。「潜りたい」…その気持ちが、私を引っ張ってくれたのだ。

某SNSで知り合った人が、ベテランダイバーで、その人の話なんかを聞いていると「ああ、自分ももっとスキルアップしたい!」「色んなところで潜りたい!」そう思えるようになってくる。その人とはダイビング・コミュニティで知り合ったのに、よくよくメッセージ交換していると、実はその人もで去年まで引きこもりだったとか。世の中広いようで狭いな…って思った。

引きこもりだったけど、何故か海外は行けたんだ。」

その人の言葉に、私も海外の常夏の海で潜ったら、魂の涙も一緒に海の潮が洗い流してくれるんじゃないか…そんな風に思ったりした。でも、そこは私はあくまで休職中という立場だから仕方ない。でも、日本だって沖縄行けばまだまだ潜れる…。

誰かに依存するんじゃなくて、自分の道で歩く…。

はっとした。もしも「潜ること」で今の私が浮上することが出来たら、それはけいちゃんやYさんのようにな誰かに依存したからの脱出じゃないんだ…。自分の足での脱出になるんだ…。そんなことを思った。

雨の中、ずっといつもの道で2度と来ない「愛しい人」を待ち続けている街灯じゃなくて、翼を持った鳥になって、自分の羽で自由に飛ぶ…。それが私の本当の「浮上」ではないのだろうか…。

幼い頃から大好きだった私の海。
海は一人ぼっちの私でも、温かく迎えてくれるだろうか?
私は海の中で、一人で泳げるだろうか?


石垣に旅行して、潜ることが出来た時…私の側にはYさんがいた。一緒に石垣に行ったわけじゃないけど、Yさんという存在を胸に、私は生き生きと海に潜ることが出来た。

果たして、今Yさんを失った私は、それでも潜りたいといっている。それは、「依存」じゃない…自分の心が感じたこと。ひとりぼっちの私の心が求めたこと。

もう一度あの海に潜ったら、私は上を向くことが出来るだろうか?

海の中から海面を見上げた時の、あの美しい光景…。ダイビングを経験したことのある人なら分かると思うけれど、あの水面を通して柔らかに降り注ぐ青白い光は、永遠に消えることの無い楽園の光。希望の光。どんなに曇っていても、雨が降っていても、太陽がある限りそこに存在する光…。

海に潜ると私は絶対上を見上げる。あの光が好きだから…。
あの光は、まるでという名の長いトンネルの
出口のように優しく輝いている。
だから私はあの光が好きなのかもしれない…。


また、石垣に行こうかな…。

冷たい雨の降るコンクリートジャングルで、毎晩魂の涙に顔を濡らすより、あの光を見に行こう…。そうしたら、もう一度暗闇の底に沈んでしまった自分を引き上げられるかもしれない。

恋愛依存の私は、例え今この瞬間私を愛する白馬の王子様(笑)が現れて私を救っても、その王子様がいなくなってしまったら、また真っ逆さまに谷底に落ちてしまう。

誰かに手を引っ張って欲しい。
一人なんて寂しい。
一緒にいて、抱き締めて欲しい。
暗いトンネルを、手を繋いで歩いて欲しい。


でも、依存で進む道は、必ず袋小路になっているんだ。
この迷路は自分の足でしか超えられない。
そう、この迷宮は私にだけ与えられた試練。
私以外の人がいては解けない謎。


海の中の世界…そこで迷路の地図の切れ端をみつけられるだろうか。


2006/10/23/Mon 23:59:59  日々のつぶやき/CM:1/TB:0/

§ 雨音のメロディー

今日は夕方から雨が降り出した。最近状態のせいか、過眠状態になっている。主治医の先生は「それは気にしないで、午後何かやって充実させて下さい。」って言っていた。

今日もいつも通り…起きてからTV見て、ネットサーフィンして、借りてきたDVDを見て。結婚情報サービスで知り合った人とメール交換して…。ありきたりな七海の毎日。

でも、々とした気持ちは消えてくれない。DVDを見終わった瞬間、TVを見ている瞬間…ふとした時に「」が私を襲う。

石垣島にダイビングに行けたあの頃の私とは違う。

寂しさと、切なさと、虚しさと…言いようの無い悲しみが常に私を取り巻いている。どうしても拭い去れないこの気持ち。何もかも失ってしまったような寂寥感。

死ぬことが許されないなら、せめて「私」という存在をリセットして、そう、記憶だけじゃなくて、性格も考え方も、嗜好も、価値観も、何もかもリセットして、やり直すことが出来たら良いのに…そう思ってしまう。

私は知らないうちにYさんの面影をどこかに探している。けいちゃんの面影をどこかに探している。

どうして、あんなに楽しい毎日を過ごしていたのに、たった一瞬で相手のことを忘れられるの?どうして相手への恋愛感情が一瞬で消えてしまうの?

でも、ボーダーがひどかった頃の私は同じことをしていた…。ある日突然相手のことがどうでも良くなって、そう「さようなら」って簡単にメールで告げて、そのままあっさり相手のことを忘れていた。同じだよ…。たまたま私が「振られた側」にいるだけ。

深夜の雨音。切ない位に身に沁みる。
私の魂の涙の流れる音の様に、切なく悲しい雨音のメロディー。
この雨が、魂の涙が、苦しみを全て洗い流してくれたらどんなに良いだろう…。


私は寂しいだけなのかもしれない。誰かにぎゅぅっって抱き締めて「七海はそれで良いんだよ。」って、言って貰いたいだけなのかもしれない。私が求めているものは、単なる「ぬくもり」なのだろうか?

海外で一人暮らしをしていた時、職場から帰る道すがら、灯りの灯った窓を見ると、涙がこぼれて止まらなかった。「あそこには、温かい家庭があり、帰りを待つ人がいる。」そう思うと、電気の点いていない真っ暗なだだっ広い自分の家に帰るのが物凄く怖かった。

そう、私は今あの時と同じ感覚を感じている。もう一人暮らしじゃないのに、灯りの灯っていない家に一人ぼっちの私。

雨音の囁く外を見てみる。
街灯が寂しげに滲んで見える…。
かつてけいちゃんの車が迎えに来た道。
かつてYさんの車が迎えに来た道。
そこにはもう誰もいない…。


過去を嘆いても何も生まれないことは分かっている。でも、私の頭の中から「過去」は消えてくれない。

この雨の中、永遠に歩いていったら、「Land's End」に行かれるだろうか?イギリスにそういう場所があった。「最果ての地」…その近くまで行ったことがあった。でも、私が行きたいのはイギリスじゃない。本当の「Land's End」…。

雨音が強まってきた。
冷たい秋の空気が、少しだけ開いた窓から入り込んでくる。
街灯だけが、寂しげに滲んだ弱弱しい灯りを投げかけている。


私はあの街灯。

いつもの道にずっと立って、二度と来ないけいちゃんを待ってる。

いつもの道にずっと立って、決して来ないYさんを待っている。

灯りが消えてしまう前に、誰か迎えに来るのだろうか?

辺りが漆黒の闇に覆われる前に…。

雨音だけが、私の魂の涙を隠すように囁いている。


2006/10/22/Sun 23:59:59  日々のつぶやき/CM:5/TB:0/

§ 壊れそうな心

今朝は明け方まで結婚情報サービスの会員限定チャットで、寿退会した年配の方から恋愛アドバイスを受けた。自分にも間違っていたところがいっぱいあったんだな…ということを考えさせられたし、発見にもなって、話せて良かったと思う。同年代の友人などからは貰えないような貴重なアドバイス、厳しい意見なんかも貰えて。ネットは匿名性で攻撃的になったり、危険な部分もあるけれど、顔が見えないから本音で相談し、それに答えてもらえるという面もあると思う。

自分は「結婚」に焦りすぎている。結婚は「結果」であって「目的」になっちゃいけない…それを思い知らされた。

「結婚」に焦ってしまうから、相手のことを冷静に見られなかったり、言葉だけでお互いをものさしで測るように見てしまう…。

それが私の今までの恋愛の失敗だったのかな…って思う。

そして今日は午後は病院。先生にYさんとの別れ、自殺未遂の話、職場の産業医の言葉のこと…なんかを話した。Yさんと別れてやっと1週間。私の心の中では、もう何ヶ月も前のことのように感じる。それはきっとYさんと一緒にいた期間があまりにも短すぎたから。

私は長い間ひとりぼっち。

そんな感覚になってしまうのだろう。今は自殺を実際に行動に起こそうとまでは思わない。でも、私の心は壊れそうな状態のまま。行くあても無く、何処を彷徨っているのか、自分でも分からない。

主治医が言った。

「仕事に戻りたいんでしょ。」

「はい。」

「じゃぁそれ目指して行こうよ。」

「はい。」

元気に答えたつもりだったけれど、私はまだ心にぽっかり穴が開いてしまったまま。Yさんとの別れが、産業医に「あなたに大会社で働くことは向かない」と言われたことと重なっている。見事に同じタイミングで起こってしまったから、全く別のことなのにシンクロしてる…。

こんなんじゃいけないのにね…。

心の中でまだYさんを追い求めている自分がいる…情けないね。私はなんであんなにもYさんに依存してしまったのだろう。それとも、逃がした魚は大きい…ってことだろうか?

自分の足で歩いていかなきゃいけないのに…。今の私にはそれが怖い。歩けるって思ったのに、歩けない。

違うよ七海…本当は七海は歩けるんだよ。でも、怖くて足が踏み出せないんだよ。そう、そうなんだ。私はそのことを知っている。そして誰かに手を握って一緒に踏み出して欲しいって甘えている。

3年半前、海外にいて病を発症した頃かかっていた現地の主治医が言っていた言葉を思い出した。

「自分の足で歩くようになるんだよ。なれるから。心配しないで。」

先生、私は弱虫なのかな。頑張りが足りないのかな?

世界中には私なんかより辛い思いをしている人がいっぱいいるのに、私はこうして毎晩泣いている。情けない自分…。ここまで手を尽くして貰っているのに、まだこんなところで止まってしまっている自分。

本当は、消えてしまいたい…。
魂の涙を流す夜は、もう最後にしたいよ。




2006/10/21/Sat 23:59:59  心の叫び/CM:3/TB:0/

§ それが大事

TVを見ていて流れていた懐かしい曲。大事MANブラザーズバンドの「それが大事」…歌詞を良く聴いていたら、すごく前向きな歌詞だな…と思った。昔はこの歌詞なんて気にしたこと無かったけど、今の私の心にはとても沁みる…。だから書いてみようって思った。


負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
駄目になりそうな時 それが一番大事
負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
涙見せてもいいよ それを忘れなければ

高価な墓石を建てるより 安くても生きてる方が素晴らしい
ここにいるだけで 傷ついてる人はいるけど
さんざん我侭言った後 あなたへの想いは 変わらないけど
見えてる優しさに 時折負けそうになる

ここにあなたがいないのが 淋しいのじゃなくて
ここにあなたがいないと思う事が淋しい
でも 負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
駄目になりそうな時 それが一番大事

高価なニットをあげるより 下手でも手で編んだ方が美しい
ここに無いものを 信じれるかどうかにある
今は遠くに離れてる それでも生きていれば いつかは逢える
でも傷つかぬように 嘘は繰り返される

ここにあなたがいないのが せつないのじゃなくて
ここにあなたがいないと思う事がせつない

でも 負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
駄目になりそうな時 それが一番大事
負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
涙見せてもいいよ それを忘れなければ

負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
駄目になりそうな時 それが一番大事

負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
駄目になりそうな時 それが一番大事
負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
涙見せてもいいよ それを忘れなければ

負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
駄目になりそうな時 それが一番大事
負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
涙見せてもいいよ それを忘れなければ



最後の「涙見せてもいいよ それを忘れなければ」ってところが好き。「許し」に聞こえるから…。私の「居場所」を作ってくれているから。この最後のフレーズがなかったら、この曲は全然違う意味合いを持つ曲になっていたと思う。

昨晩も泣きながら眠った。ベッドで涙をボロボロこぼしていたアタシに、猫が近付いてきて、私の涙を舐めた後、身体をぎゅっと私に押し付けて丸まった。

まるで私を抱き締めるように…。

その感覚に私は自殺未遂をした日に、最後に猫を抱き締めて「ごめんね」と涙を流した時のことを思い出した。猫はそんな私を許して、抱き締めてくれた。猫は朝まで一緒に寝てくれた。

負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
駄目になりそうな時 それが一番大事
負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じ抜く事
涙見せてもいいよ それを忘れなければ


猫が私に言いたかったのは、この言葉かもしれない…。



2006/10/19/Thu 23:59:59  日々のつぶやき/CM:3/TB:0/
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