土曜日の夜、旅から帰ってきた。本当に充実した旅になったけれど、その話はまた次回書くとして、昨日会ったIさんから聞いた感動のストーリーを書き記したいと思う。
昨日は再びIさんに会った。今度は私のよく行く街で会った。美味しいワッフルのお店で、長々お茶をして、その後お気に入りのダイニング・バーにIさんを連れて行った。ここは過去にデートで使ったお店だけど…まぁいいよね。
Iさんには前回会った時も
衝撃的な感動の話をしてもらったけど、今回もIさんから素敵な話が聞けた。…私は今自分で自分の考え方を少しずつ修正していく練習を、カウンセリングを通じてゆっくりやっている。そのことを話したら、Iさんが
「でも、自分の考え方や心持を変えることは、ある意味簡単なことだと思います。何故ならそれは道具も、他の何も必要ないし、自分の中だけで、自分の力だけで出来ることだから。」と言った。典型的な健常者の考え。
メンヘラーにこの言葉は1番痛い。何故なら、頭では分かっていても、心が言うことを聞いてくれない…。感情が頭からの指令と真逆の行動を取る…それがメンヘラーを苦しめる要因だから。
私は自分の心が暴走すると、いつも
「自分の中に他人の心が住み着いているようだ。」と思う。私は主治医やカウンセラーにも言われているけど、自分の状況や病状を非常に冷静に分析することが出来る。何をすべきかも分かりすぎるほど分かっている。…ただ、「心」がそれについてきてくれない。
健常者は、好きな人に会ったら「嬉しい」と感じ、嫌いな人に会ったら「嫌だな」と感じる。美味しいものを食べたら「美味しいもの食べれて嬉しいな。」と感じる。不味いものを食べたら「こんなもの食べなければ良かった。」と感じる。…それは頭と心が繋がっているから。
でも、メンヘラーは時として矛盾した感情を持つ。良いことに対しても、頭では「素晴らしいこと」と分かっていても、心がそれを拒絶して、
鬱の闇に引きずり込もうとする。そして感情が暴走を始めると、やがて理性もそれに取り込まれ、正常だった頭が心に支配されて、死や絶望でいっぱいになる。
健常者にはわからないこと。
私はIさんにその話をした。それで嫌われるなら嫌われて良いと思った。何故ならそれが「七海」であり、どんなに背伸びをしても、私が病気である事実は変えられない。それを隠し通してまで、人と付き合いたいとは思わない。だって、それじゃぁまるで病気が悪いことで、病気になった私は悪い人間みたいじゃないか。悪いのは病巣であって、病気になった本人に非は無い。…私はそう信じているから、事実を告げた。
案の定Iさんは困惑していた。かける言葉が無くて申し訳ない…と困っていた。当然だろう。この病気はこの病気を経験した人間以外には理解出来ないだろうし、それは仕方ないことだから。
「七海さんの話は、色々昔のことを思い出させてくれますね。」そう言って、しばらくの沈黙の後、Iさんは徐に話し始めた。
Iさんは中学時代からバスケをやっていて、高校時代にじん帯を切断する大怪我をし、奇跡的な回復を遂げた。(その話
についてはこちらの記事にあります)大学に入っても、バスケを続けていたけれど、じん帯を切断したこともあり、これ以上続けるのはリスクが大きいと、3年生の時にバスケ部の選手からコーチになった。コーチになったIさんは、部員のみんなに「勝つ喜び」を教えてあげたくて、やや厳しく指導していくことを決めたという。それは、同時に「嫌われ者」になることを意味していたが、親友が
「お前が嫌われ者になってでも、そうやってみんなを指導してくれるなら、俺はお前のことを精一杯フォローしてやるから、どうか嫌われ者になってやってくれ。」と勇気付けてくれたこともあり、Iさんは厳しい指導をしたという。
ところが、ある日部活が終わった後、Iさんを部員全員が取り囲み
「どうか退部してくれ。」と詰め寄ったという
。「自分達はただ楽しくバスケを続けたいだけなんだ。だけどあなたがいると楽しいバスケは出来ない。だから退部して欲しい。」そういわれたと言う。Iさんはショックだったけれど
「自分がいなくなったら、お前達は楽しくバスケが出来るんだな?」と確認し、それなら…と退部したという。
そんなIさんの耳に、風の噂で「彼を励ましてくれた親友が率先してIさんの悪口を言い、退部させるように部員を扇動した。」という話が届いたという。
そして、その親友が卒業した後、残った部員達がIさんのところにやってきて
「I先輩がいなくなってから、最初は楽しかったけれど、いつしかまとめる人がいなくなり、練習を全くしないでおしゃべりばかりしているやつ、自分勝手に練習するヤツ…部員がばらばらになってしまって、楽しいバスケどころか、バスケすら出来ないような状態になってしまいました。どうかもう1度戻ってきてくれませんか?」そう言ったという。
親友に裏切られ、1度は間違っていると指摘された自分のやり方が、結局正しかったことを知ったIさん。それはどんなにか辛いことだろう…私は思った。
でも、Iさんは違った。
「自分は、その言葉をかけて貰った時に正直とても嬉しかったです。でも、1度決めた約束だし、部に戻ることは断りました。そしてその後輩に今は辛い時期でみんなをまとめなければならない苦しい立場にいるけど、きっと君なら出来るから頑張れ…と言いました。」「そして、自分はその時の親友を恨んだり、部員を恨んだことは無いです。それはショックであったことは確かだし、きっと辛かった時もあったんだと思います。でも、親友にしてみれば、もしかしたら自分がまさかこんなハードな練習をやらせるとは思っていなくて、フォローしたくてもしきれなくなってしまったのかもしれないし、それに親友や部員を恨んでしまえば、彼らと過ごした楽しかった日々も失ってしまうことになるから。彼らと過ごした楽しい時期はいっぱいあったから、その方が私の記憶には強く残っているんです。」この言葉は私には衝撃的だった。私は決してそんな風に思えない。私は幼い自分を苦しめた両親や親戚を許すことは出来ないし、幼い頃の楽しかった記憶をそのせいで失っている。現在の両親は、私の病気を理解し、それを機に仲良くしてくれ、私を支えてくれているから、両親には感謝している。でも、過去の両親の行為を許すことは出来ない…。
「七海さんはもちろんそういう風には考えられないかも…。」とIさんは言ったが、これは病気とかそういう問題じゃなくて、健常者であってもIさんのような経験をしたら、相手を恨んだり、悔しくて部員を嫌いになったりするだろう。人間は自分が一番可愛いし、そういう生き物だ。だからIさんは本当にすごい人だな…と唖然となった。
「いや、でも自分も当時は悔しいって思いましたよ。それは自分が退部した後に入部してきた新入生が粒揃いで、あのメンバーと一緒にやりたかったなぁ…って。」Iさんは笑いながら言っていたけど、その
「悔しさ」はなんてポジティブな悔しさなんだろう…。否定的な部分を見るのではなく、プラスの部分に目を向ける…。Iさんはそれが出来る人。そして相手の立場になって物事を考えられる人。
たまたま私の周りにこういう人がいなかっただけかもしれない。もしかしたら、いても知らなかったのかもしれない。でも、こういう風に考えられる人で世の中がいっぱいだったら、戦争なんて起こらないだろう。
仏のような心の人…。思わずそう思った。私もいつかそんな風に考えられる日が来るだろうか?過去の両親を許せる日が来るのだろうか…?
ふと、考えた。